風土を感じる

青森県の誇る景勝地

奥入瀬渓流と十和田湖。

 

彩られた自然の中に

自身を委ねるために

時間を作って赴きました。

 

十和田湖は当山と

ゆかりのある地でもあり

最近はちょくちょく

訪ねさせて頂いております。

 

十和田湖伝説に登場する

南祖坊(なんそのぼう)は

当山にて修行したと伝えられます。

 

それと先月末に拙僧(副住職)は

真言宗豊山派総合研究院

現代教化研究所准研究員

という公職を仰せつかりまして

「ナーガ(龍神)信仰」を

自身の研究テーマの1つとして

取り組ませて頂くつもりでおります。

 

古代インドでのナーガ信仰と

日本に見られるナーガ信仰は

同じようで違いが見られます。

 

中国の影響もあり

「龍」の捉え方や思想には

展開や特徴が見られます。

 

十和田湖伝説も

ナーガ信仰の1つであるといえます。

 

十和田湖伝説がどのように

語られているのかということや

いつの時代のどの書物に

記述が見られるかということは

これまでに丁寧に研究されているようです。

 

拙僧(副住職)は「仏教的視点」を以て

伝説に向き合わせて頂くとともに

仏道についてもお伝え出来るよう

向き合わせて頂きたいと考えております。

 

調査や研究と聞くと

資料を読み漁ったりなどの

イメージが強く持たれがちかと思いますが

“風土を感じる”ことが

とても大切なことです。

 

昔のままに香る草木。

昔のままに照らす太陽と月。

昔のままに歌う鳥。

昔のままに積もる雪。

 

歴史を学ぶにしても

人類学や民俗学のような

参与観察をするにしても

舞台の風土を感じることは

非常に意味のあることです。

 

十和田山はその昔

霊験あらたかな聖地として

多くの修験者が修行に

訪れた地であるとされます。

 

熊が生息し

巨大な火山岩が切り立つ深い山を

ひたすらに行脚し

壮大な湖が目の前に広がった時

はかり知れぬ感動を

感じた方もいらっしゃったろうと思います。

 

修験者は旅行者ではありません。

 

では修験者は何のために修行をしたのか。

仏道修行とは何なのか。

どのような修行をするのか。

龍神とは何なのかなどなど。

 

挙げれば切りがありませんが

拙僧(副住職)がお伝え出来ることを

整えていきたいと思います。

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御朱印のススメ

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当山は糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第15番札所です。

 

糠部霊場の御朱印はスタンプ式が主流で

当山でも本堂の観音堂前に

御朱印のスタンプを置いております。

 

直筆の御朱印は

入用の方にお声がけ頂いた際に

対応させて頂いておりましたが

御朱印を書いて頂きたいとの

お願いが増えております。

 

拙僧(副住職)が対応出来る時は

筆を取らせて頂きますが

法務中や不在時には

対応が出来ませんでしたので

ハガキサイズの紙札に

御朱印をしたためたものを

用意することにいたしました。

 

糠部霊場の観音様の御朱印と併せ

当山本尊・愛染明王の御朱印と

南祖法師(なんそほっし)の御朱印も

用意いたします。

 

これを機に御朱印の

体裁を見直しまして

書式が定まりました。

 

下の写真が

あらかじめ御朱印をしたためた紙札です。

 

拙僧(副住職)が対応出来ない場合は

これに朱印を押して御朱印といたします。

 

巡礼にて御朱印をいただくことは

尊いご功德をいただくこととされます。

 

お参りの際には

是非お声がけ下さいませ。

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慈悲の仏 観音菩薩

観音様という言葉で

一般的にも馴染みがある

観音菩薩(かんのんぼさつ)。

 

観音信仰の歴史は古く

坂上田村麿将軍も

篤く大切にされた尊格です。

 

当山本堂の

観音堂に祀られる観音様は

糠部三十三観音霊場

第15番札所の観音様です。

 

観音様は

三十三の姿をもつとされます。

 

三十三身の姿を現すというのは

妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五

というお経に記されており

このお経は『観音経(かんのんぎょう)』

とも通称されます。

 

三十三の姿は無限の慈悲を意味すると

お考え頂くと分かりやすいと思います。

 

ちなみに

その三十三の姿の中に

「龍」も記されているので

龍神にまつわる説話や伝説に

観音様はよく登場します。

 

龍のみならず

観音様にまつわる霊験譚や伝承は

挙げればきりがありません。

 

当山は十和田湖伝説とも

関わりのあるお寺です。

 

十和田湖伝説の大筋は

南祖坊(なんそのぼう)という僧侶が

十和田湖の主であった八之太郎に代わり

「神」として十和田湖の主となるという

物語です。

 

八之太郎は

大蛇や八頭龍として描かれております。

 

伝説なので

語られる場所や書物によって

細かな点や描写は

当然のことながら定まっておりませんが

仏教的要素を多分に

汲み取ることが出来ます。

 

南祖坊と八之太郎が向き合う場面で

南祖坊も大蛇となり

八之太郎と対峙したという

描かれ方をすることもありますし

九頭龍として八之太郎と対峙した

という描かれ方をすることもあります。

 

南祖坊が

「龍には龍の姿を以て」向き合う

この場面は観音経に記される

三十三身のくだりに通じているとも

言えるでしょう。

 

 

本堂内左手が観音堂となっております。

 

観音堂には観音様のみならず

十二支を司る八体仏(はったいぶつ)

お不動様

南祖法師尊像と

それぞれに様々ないわれのある

尊い御像が多く祀られております。

 

お立ち寄りの際は

是非お参り下さいませ。

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曽祖父の日記

拙僧(副住職)の祖父である

長峻(ちょうしゅん)は

当山住職であるのみならず

現在の南部町にございます

牡丹のお寺である長谷寺(恵光院)と

山形湯殿山の大日坊の住職も兼ねた僧侶です。

 

ちなみに拙僧(副住職)の法名である

泰峻の峻の字は

長峻大和尚の一文字を頂いております。

 

長峻大和尚は日記を毎日記していたようで

たまたま大正14年の手帳が

出てまいりました。

 

大正14年は先日逝去した

拙僧(副住職)祖母の品田豐(とよ)が

生まれた年でもあります。

 

祖母は8月18日生まれなので

その日のページを見てみると

祖母のことが記されおりました。

 

正午過即ち十二時半

常子無事女児分娩ス

常子痛む事二十五分也

尤も易産乎安也

是偏に大悲尊之力也

 

長峻大和尚の日記には

毎日欠かさずにお勤めをし

様々な書籍を読み

常に研究をしていた様子が

うかがわれます。

 

祖母が安産であった様子を

綴った文面からも

その人となりが何となく

伝わってくるように感じます。

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美しき霊山 十和田

研究調査で十和田湖へ赴きました。

 

先日、当山を訪ねて下さった

十和田湖自然ガイドクラブの方々に

十和田湖のガイドをお願いした所

快くお引き受け頂き

ご丁寧に各所をご案内頂きました。

 

おかげさまで

とても有意義な

時間となりました。

 

十和田湖自然ガイドクラブの皆様

大変お世話になりました。

 

また色々とお世話になりますので

よろしくお願いいたします。

 

赴いた当日は雨天であったため

とても静寂な雰囲気に

自身を置くことが出来ました。

 

当山は十和田湖伝説の

南祖坊(なんそのぼう)が

修行したとされるお寺です。

 

昨年夏に当山観音堂に

行者の出で立ちをした

南祖坊の御像が“発見”されました。

 

十和田湖伝説は

様々な方により語り継がれておりますが

僧侶の専門的視点から分析が

なされたことはないようです。

 

南祖坊は行者であり

修験者として描かれます。

 

当山には『十和田山神教記』という

十和田湖伝説を描いた書物がありますが

仏教的要素・修験的要素が随所に見られます。

 

真言宗では

教相(きょうそう)と事相(じそう)

2つの側面を深めることを

修行とします。

 

教相とは「学問的な側面」で

経典や論書など文献学的な

アプローチでみ教えを学びます。

 

事相とは「実践的な側面」で

数多くの所作や作法などを通じ

言葉を超えて託される心を学びます。

 

それらは

車の両輪に喩えられるもので

どちらも備わってこそのものです。

 

それらの見方をもって

伝説を見つめると

より一層味わい深い物語となり

より多くの方の心に響くものに

なるように思います。

 

当山では南祖坊の伝説について

改めて研究をしております。

 

十和田湖の南祖坊伝説は

当山に伝わる幾つかの伝承や伝説の中でも

とても大切なものなので

後世にしっかりと伝えられるよう

しっかりと研鑽を重ねてまいります。

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後世に託すべく

今月初頭に当山有縁の方の

50回忌と先祖供養の

ご法事をご一緒させて頂きました。

 

その方は

斗南藩(となみはん)の

末裔にあたります。

 

ご法事がてら

斗南藩のお墓について

少しばかり拙僧(副住職)の

考えを伝えさせて頂きました。

 

当山境内には

斗南藩の方のお墓が16基ございます。

 

時代の経過とともに

徐々に劣化が見られております。

 

また、現在当山では

6年計画で本堂建替という

歴史的大事業を進めております。

 

この大きな機会に当たり

当山の歴史や伝承などの

見直しや整理も行い

後世に伝える用意をしております。

 

斗南藩の歴史も

きちんとした形で

整えさせて頂き

後世にしっかりと伝えたいと

切に考えております。

 

境内の斗南藩墓地については

供養塔を建立し

現存の墓石を周囲に

配置するような形で

整備したいと思索中です。

 

本堂建替事業の中で取り掛かるか

別事業として進めるのかは

まだ未定ですが

激動の時代を確かに歩まれた

斗南藩の方々の歴史を

当山の出来る形で

しっかりと伝えられればと思います。

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▼本堂建替事業について

https://fugenin643.com/blog/新たな歴史を紡ぐ/

 

辰子姫のお話〜秋田 田沢湖伝説〜

当山は十和田湖伝説と

ゆかりのあるお寺です。

 

十和田湖伝説では

南祖坊(なんそのぼう)が

湖の主であった八郎太郎との

戦いに”勝利”して

青龍大権現(せいりゅうだいごんげん)

として十和田湖の主となります。

 

十和田湖、八郎潟、田沢湖に

まつわる伝説を三湖伝説

といいます。

 

先日、秋田県仙北の

田沢湖を訪ねました。

 

田沢湖は日本一深い湖です。

 

田沢湖の主とされる

辰子姫(たつこひめ)は

八郎太郎の恋人とされます。

 

伝説では辰子姫も龍となり

田沢湖を司るとされます。

 

三湖伝説は龍神の

物語ではありますが

人の心の本質をついた

仏教説話の如くの側面がある

奥深い物語です。

 

▼辰子姫伝説

http://www.city.semboku.akita.jp/sightseeing/spot/tatsukodensetsu.html

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古い祈りの形を伝える金峯山寺

奈良県吉野の名刹

金峯山寺(きんぷせんじ)。

 

こちらのお寺は

修験本宗(しゅげんほんしゅう)

総本山です。

 

京都に赴いた際

立ち寄らせて頂きました。

 

修験道(しゅげんどう)や

山伏(やまぶし)という言葉を

多くの方が聞いたことが

あるかと思います。

 

細かなことはさておき

東北の信仰を考える上で

修験道は非常に大切な要素です。

 

金峯山寺は

古くからの

祈りと実践の形を

今に伝える古刹です。

 

吉野は熊野に通じる山で

古くから霊験あらたかな

聖地とされます。

 

金峯山寺の本尊は

金剛蔵王大権現

(こんごうざおうだいごんげん)

という尊格で

高さ10メートル近くの仏像が

3体並んでお祀りされます。

 

蔵王権現は

全国各地で祀られる程

“知名度”の高い尊格です。

 

その形相は

明王の如くの忿怒形で

迫力満点です。

 

権現(ごんげん)とは

「仮のお姿」という意味で

「まことのお姿」のことを

本地(ほんじ)といいます。

 

本堂に祀られる3体は

仏が仮の姿を以て

力強いメッセージを

担っております。

 

中央の本地が釈迦如来

右側の本地が千手観音

左側の本地が弥勒菩薩。

 

またそれぞれに

過去、現在、未来の

三世(さんぜ)の

意味もあるそうです。

 

これらの考え方は

東北の信仰を紐解く上で

とても大切なものです。

 

当山は

湯殿山(ゆどのさん)と

ゆかりあるお寺でもあります。

 

また

当山にて修行したとされる

十和田湖伝説の

南祖坊(なんそのぼう)は

修験者として描かれます。

 

金峯山寺を始め

今に伝えられる所の

修験道の”伝統”は

古の姿を浮かび上がらせる上で

大きな手がかりとなります。

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▼金峯山寺HP

http://www.kinpusen.or.jp/zao/index.html

 

真言宗の本山

当山は

真言宗豊山派のお寺です。

 

真言宗には本山が

18もございます。

 

これは他宗に類なきことです。

 

歴史が長いという

理由だけに止まらず

作法などの“流儀”を

重んじる真言宗の特徴も

理由として挙げられる

かと思います。

 

専門的な言葉を使うと

「法流(ほうりゅう)」

という一切の作法などの

流れを真言宗では

重んじます。

 

おなじ流れでも

事細かに支流があり

「○○流□□方(がた)」

といった具合に

流儀が伝えられます。

 

流儀が異なれば

作法も若干異なっており

お経の節回しも異なります。

 

そこに

深い意味が託されておりは

真言宗の僧侶生涯かけて

多くの流儀に触れて

その真意を体得することを

修行の1つとしております。

 

当山の本山は

奈良県の長谷寺です。

 

その他に真言宗の本山として

善通寺(ぜんつうじ)

須磨寺(すまでら)

清澄寺(せいちょうじ)

中山寺(なかやまでら)

大覚寺(だいかくじ)

仁和寺(にんなじ)

智積院(ちしゃくいん)

泉涌寺(せんにゅうじ)

東寺(とうじ)

勧修寺(かじゅうじ)

随心院(ずいしんいん)

醍醐寺(だいごじ)

宝山寺(ほうざんじ)

朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)

西大寺(さいだいじ)

根来寺(ねごろじ)

金剛峰寺(こんごうぶじ)

が挙げられます。

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南祖坊伝説の色々

当山は

十和田湖伝説と関わるお寺です。

 

南祖坊(なんそのぼう)という

1人の僧侶が湖の主であった

八郎太郎に変わり

青龍大権現

(せいりゅうだいごんげん)

という神として

新たな主となる。

 

それが十和田湖伝説の

大まかなストーリーです。

 

当山は

南祖坊(なんそのぼう)が

幼少期から青年期にかけて

修行したお寺だと伝えられます。

 

この伝説には典拠となる

書物が幾つか存在します。

 

当山には

『十和田山神教記』

写本が伝えられております。

 

十和田湖伝説は

写本によって内容が

異なります。

 

主役である南祖坊の名前も

書物によって

異なっております。

 

八戸近辺で

十和田湖伝説について

よく参考にされる

書物として

『十和田由来記』

『十和田記』

『十和田山神教記』

の3つが挙げられます。

 

この3つが伝える

伝説の違いは沢山ありますが

分かりやすい例として

南祖坊の名前について

ご紹介します。

 

南祖坊には幼名と僧名があり

『十和田由来記』では

【幼名】熊之進【僧名】南宗坊

『十和田記』では

【幼名】善正【僧名】南祖坊

『十和田山神教記』では

【幼名】南祖丸【僧名】南祖法師

というように

それぞれの書物により

記載が全く異なっております。

 

当山には南祖坊の御像が

観音堂に安置されますが

『十和田山神教記』と同じく

「南祖法師(なんそほっし)」

の御名でお祀りしております。

 

▼十和田湖南祖坊伝説について

https://fugenin643.com/category/ふげんいん探訪/十和田湖南祖坊について/

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