津軽へ行ってきました

研究調査のため

昨日と本日の2日間

津軽へ行ってまいりました。

 

五所川原の法永寺(日蓮宗)

ご住職・小山田和正師に

お世話いただき

各所にて有意義な時間を

過ごすことが出来ました。

 

おかげさまで

今後に資する学びや気づきを

得られました。

 

さて

明日からは8月です。

 

お盆の準備を

本格的に進めたいと思います。

 

小学生の皆さんからお手紙をいただきました

少し前のことになりますが

6/22に当山においで下さった

豊崎小4年の皆さんから

お手紙をいただきました。

 

▼その時の様子はコチラ

https://www.youtube.com/watch?v=cSAgSLULjYM&t=32s

 

お寺と地元の歴史や伝承に

興味をもって下さったようで

とても嬉しく感じました。

 

未来を担う子どもたちが

大人になった時に

「そういえば和尚さんが

こんなこと言ってたな」

と少しでも思い出して

くれればと思います。

 

心が折れそうになりながらも

お寺の基礎工事も

順調に進められているようです。

 

暑い中

外では生コン車が

入って作業されていました。

 

拙僧(副住職)は

テレワークでの会議があり

午前中から

その準備やら調べ物に

追われておりました。

 

年度内に

仕上げる必要のある執筆物が

いくつかあるのですが

同一のテーマではない

ということもあり

何度も心が折れそうに

なりながらも

コツコツ取り組んでおります。

 

貴重な精進の機会と

心得ながら

最後までやり抜きます。

 

お盆の刊行物の原稿を

そろそろ執筆しなければ

ならないのですが

8月に入ってからになりそうです。

 

もう7月も終わります。

 

大いに研鑽を積ませていただいた

とても暑いひと月だったと感じます。

 

夏休みの工作を横目に

子どもたちの夏休みの宿題として

本堂建立地から採取した粘土を

使って工作をしています。

 

少し前にこしらえた工作物を

乾かしていたのですが

とても良い感じになったので

水彩絵具で彩色してみました。

 

ちなみに

ペンスタンドを作っています。

 

境内で採取した粘土で

作ったとは思えないような

しっかりしたものが

出来そうな予感です。

 

子どもたちが寺務室で

工作をしているのを横目に

パパは必要あって

弘法大師空海の

『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』

という著作を読むのに

“悪戦苦闘”していました。

 

さすがは天才とうたわれた

“平安のマルチ文化人”

空海上人でして

まだまだ拙僧(副住職)には

スラスラと読むことは出来ません。

 

悪戦苦闘しつつ

とても印象に残った表現が

あったので紹介いたします。

 

よく誦しよくいうこと

鸚鵡(おうむ)もよくなす。

 

これは

よく読んで

よく言うだけなら

オウムでも出来る

という文意です。

 

世の中に良い教えが

いくらあったとしても

実践が伴わなければ

意味がないという

文脈にて用いられた一文です。

 

とても切れ味のある

言葉であり

自身への戒めとも

感じられるとともに

いつの世においても

あてはまりそうな

お諭しを含んだものに

思われます。

 

久しぶりの夜店へ

五戸町で行われている

ビックリ夜店へ。

 

昨年は

祭りをはじめ

出店の並ぶイベントが

こぞって中止となったのですが

本年、五戸のビックリ夜店は

ウイルス対策をした上で

開催されました。

 

参加受付にて

住所氏名を受付カードに記入し

検温と消毒を行い

それが済んだ方は

検査済の証明として

手に蛍光ペンライトをつけてから

ビックリ夜店へ繰り出せる

という方法がとられていました。

 

会場内における

飲食スペースはなく

出店で購入した飲食物は

会場を出てからというように

案内されていましたが

久しぶりに“夏祭り”らしい

雰囲気を味わうことが出来

感慨深いものがありました。

 

直に会うことの尊さを実感

東京と津軽から

とてもお世話になっている面々が

当山にお立ち寄り下さいました。

 

ご一行は

恐山に一泊されて

所用を済ませた足で

当山においで下さいました。

 

リモートで

ちょくちょくお会いしてても

直にお会いすると

本当に久しぶりに感じられました。

 

おいでになられた3人のうち

2人は東京

もう1人は五所川原の方です。

 

今回は所要時間に

限りがあったのですが

今度お会いする時は

青森の祭りをご覧に

なっていただきたいと思います。

 

自心と向き合う写経カフェ2021夏

本日は

寺子屋ワークショップ

写経カフェが開催され

16名の方にご一緒いただきました。

 

ご一緒下さった皆様

ありがとうございました。

 

写経カフェは

2015年から行っており

開始からもう6年が経ちます。

 

開始当初から

ご一緒下さっている

参加者も多くいらっしゃいます。

 

自利利他を大切な信念とし

出来ることを精一杯出来る形で

行っていこうと心に決め

励ませていただいております。

 

これからの時代は

「覚悟と情熱」をもって

お寺のあり方と向き合い

出来ることを形にしていくと良いと

とある先生にご指南いただいたのですが

「覚悟と情熱」という所が

いかに大切なことであるかを

身にしみて感じる今日このごろです。

 

今回から

法話では前回のものも絡めつつ

そこに新たな展開をという形で

お話させていただこうと思います。

 

写経カフェでは

最初の30分程は法話に

時間をあてているのですが

その中で催事の趣旨や

事務的なこともお伝えするので

実際の法話時間は

あまり長くはありません。

 

そこで最近は

プロジェクターを用いながら

お話しているのですが

短時間であっても

一般の方からすると

情報量が多いですし

普段聞き慣れない言葉も

多いようなので

根本的な所については

同じスライドを繰り返し

用いることにしました。

 

そのような事も含め

毎回が試行錯誤といった感じです。

 

次回は9月の開催です。

 

次回の開催日まで

一日一日励みたいと思います。

 

双極性障害(躁うつ病)と向き合う⑲〜酒類のお供えを控えるようご協力願います〜

2017年7月21日以来

4年ぶりにこのテーマで

書かせていただきます。

 

当山住職は

長く双極性障害(躁うつ病)を

患っておりまして

治療を続けています。

 

これがどのような病気で

どのような症状があり

どのような難しさがあるのかは

過去にも記しているので

そちらをご参照いただければ

と思います。

 

▼過去の記事(カテゴリー)はコチラ

https://fugenin643.com/category/%e5%8f%8c%e6%a5%b5%e6%80%a7%e9%9a%9c%e5%ae%b3%e3%81%a8%e5%90%91%e3%81%8d%e5%90%88%e3%81%86/

 

この病気は

アルコール依存や

ニコチン依存とも

深く関わるとされます。

 

2016年夏(7月頃)より躁状態になり

お寺に住む寺族は

健康にも害が及んでしまうなど

大変なことが沢山ありましたが

2017年春頃に

状態が落ち着き

良い具合でおりました。

 

双極性障害は

維持治療」が求められます。

 

当山住職の場合

お医者さんから

アルコールとタバコの摂取は

禁じられています。

 

禁煙は難しいようで

今でもかなり摂取していますが

アルコールの方は

この約4年何とか不摂取を

維持しておりました。

 

しかし

ここにきて

隠れてウイスキーを

飲んでいました。

 

この「ちょっとだけ」が

一時的なもので終わることなく

躁状態や過度のアルコール依存への

入口となる確率が高いことが

よく言われています。

 

なぜ飲んだのかをたずねると

開き直った様子になり

親戚の叔父に

「たまには飲んだほうがよい」

と言われたということだったので

その叔父に連絡してみると

そのような話をしたことはない

とのことで

その場を取り繕うために

出てしまった嘘のようでした。

 

双極性障害の治療は

躁状態にならないように

することが第一とされます。

 

今回の一件はもしかしたら

躁状態への兆候かもしれませんし

その逆への兆候かもしれません。

 

文字に起こして眺めてみると

客観的に物事を

眺めやすいとされるので

活字化して整理してみると

躁っぽい雰囲気があるように思います。

 

かなりの躁状態となってしまうと

「自己中心的」「自分勝手」

で周囲はお構いなしとなりうるのですが

その入口にあるとしたら

その入口にあるということを

自身も寺族(家族)も

「自覚」しなければなりません。

 

今回の一件についていえば

双極性障害(躁うつ病)

という脳の病気が

そうさせているわけですが

お寺に住む者も皆人間なので

正直裏切られた感じがあり

とても残念に思っています。

 

この病気は完治が難しく

向き合っていくものです。

 

躁状態となれば

4年前のように

お寺の者のみならず

周囲の方へも

ご迷惑をおかけすることが

あるかもしれないので

今回ここに

記させていただきました。

 

こちらのブログは当山有縁の方も

少なからずお読みになられているので

ここで勝手ながらお願いがあります。

 

当面は

位牌堂と観音堂への酒類のお供えは

なるべくお控えいただきたいのです。

 

アルコール依存状態ですと

あら探ししてまで

アルコールを探してしまうという

症状になることがあります。

 

念押ししますが

あくまでも病気がそうさせているのです。

 

4年前の経験から

躁状態になってしまうと

寺族だけで向き合うのは

かなり難しくなることが想定されるため

まことに勝手なお願いではありますが

事情をご賢察のうえ

ご協力いただければ幸いです。

 

お寺の「夏休みシフト」が始まりました

子どもたちが

夏休みに入ったので

お寺のリズムも

しばらくの間は

“夏休みシフト”を

しかせていただきます。

 

夏休みに

ある意味欠かせないのは

宿題かと思います。

 

終わらせることを

目的としてしまうと

終わらせることに

躍起になってしまうので

そこは何とかペースを

作ってあげたいと思いまして

拙僧(副住職)の経験も踏まえて

一緒に宿題と向き合っております。

 

その一環もかねて

本堂建立地の地下にあった

粘土を使って

工作を始めました。

 

ちょっと前に

試験的に粘土あそびをして

乾かしてみたのですが

思った以上に強度が高く

工作としては十分なものを

作ることが出来ると判明しました。

 

難点をあげるとすると

寄せておいた粘土が

すでにカッチカチに

乾いているため

それを砕いて水と混ぜて

工作出来るような状態にする

加減が意外と難しいことでしょうか。

 

高僧にまつわる逸話として

泥や粘土などの「土」で

仏像をこしらえたという

エピソードが

様々に残されています。

 

粘土工作をしている時

こういった逸話がふと

頭をよぎりまして

夏休み中に

挑戦してみようかとも

考えたりしています。

 

 

▼こちらは少し前に

試験的に制作して乾かしたものです。

 

▼基礎工事の様子

「物語」とすることの意味や意義をふりかえる

当山の催事で

お話することの関係や

有縁の皆様にお渡しする

諸資料を用意する関係で

調べ物をしているのですが

ふと大きな気づきがあったり

新たな着眼点を得ることがあります。

 

こういったことも

尊い功徳だと捉え

ありがたいことと感じています。

 

以前もアナウンスしましたが

十和田湖南祖坊伝説の絵本を作る

クラウドファンディングのプロジェクトを

今月中にスタートする予定ですが

それにあたり

「物語」を残す意味を

改めて振り返っています。

 

例えば日本でいうと

古事記が良い例かと思いますが

その序には

歴史を伝え

「物語」を伝えることの

意味や意義を考えるにあたって

大変参考になるものがあります。

 

もちろん物語との向き合い方は

十人十色で良いと思うのですが

多種多様な向き合い方のひとつとして

為政者が託した意味や狙いを

踏まえることは

大切なことだと心得ています。

 

今回はたまたま古事記の

話題に触れていますので

このまま続けさせていただくと

古事記が編纂された時代は

まさに激動の時代で

その制作の勅令を発したのは

天武天皇です。

 

7世紀半ばより

おおがかりな改新が行われ

7世紀後半には

古代史最大の内乱があって

という流れの中で

即位されたのが天武天皇です。

 

天武天皇がご逝去されたため

古事記編纂事業は一時ストップしますが

元明天皇の時代に再開され

和銅5年(712)に完成したとされます。

 

政治史を見ても

大変な時代であることが分かりますが

この時代は疫病蔓延や災害もあり

人心に暗い影が落とされることの多い

世の中だったといえるでしょう。

 

これ以上論を進めると

ますます専門的なものに

なっていってしまうので

この辺にしておきますが

娯楽としてだけではなく

願いやおもいを込めた形で

物語を後世に託したいとの思いを

以前から抱いています。

 

さて

絵本制作の件ですが

現在プロジェクトの申請中でして

近日中に審査が終わると思います。

 

審査が終わりましたら

改めてお知らせさせていただきます。