伝説とつながる南祖祭(なんそさい)

当山には

十和田湖伝説に登場する

南祖坊(なんそのぼう)の御像である

南祖法師尊像(なんそほっしそんぞう)

がお祀りされます。

 

南祖坊(なんそのぼう)は

当山第2世の月法律師(がっぽうりっし)

の弟子として修行修学に

励まれたと伝えられます。

 

そういったご縁で

南祖坊の祭事と

伝説にまつわるお話を聞く

南祖祭(なんそさい)を

開催いたしました。

 

祭事では

開式にあたり

“お遍路ニスト”として

全国各地を巡られている

中野太陽さんに法螺貝を

吹いて頂いてお清め頂き

法要の中では巫女さんの

おときたさちこさんに

祝詞をあげて頂きました。

 

祭事の後は

ゲストスピーカーとして

髙山正道さんに

太陽信仰の観点から

南祖坊伝説について

お話頂きました。

 

髙山さんのお話は

実に興味深いもので

本当に素晴らしい内容でした。

 

様々なご縁のおかげで

短い時間でしたが

とても濃密な南祖祭となりました。

 

十和田湖の聖地覚書③ 占場(うらないば)

十和田湖屈指の聖地とされる

占場(うらないば)。

 

そこは

南祖坊(なんそのぼう)が

入定(にゅうじょう)し

青龍権現(せいりゅうごんげん)という

十和田湖の龍神と

化したとされる場所です。

 

占場へは

断崖絶壁にかけられている

とても長い鉄ハシゴで下るのですが

現在は通行禁止となっております。

 

今回は十和田湖自然ガイドクラブの

皆様が諸々を手配して下さり

占場へ赴くことが出来ました。

 

占場の水辺から水中を覗いてみると

断崖のようになっており

1〜2メートル先から

いきなり深くなっていました。

 

占場は

中山半島の東側位置し

中湖に面しております。

 

中湖は十和田湖の中で

最も水深があります。

 

視線の先には

御倉半島が見えます。

 

御倉半島は半島そのものが

神聖な場所とされています。

 

御倉半島が龍の頭で

中山半島が龍の尾にあたる

との言われもあるそうです。

 

占場(うらないば)という

名前が示す如く

こちらは卜占(ぼくせん)等が

行われていた場所です。

 

占場はオサゴ場とも呼ばれ

そちらで占いをすることは

「オサング打ち」

「サング打ち」等とも

呼ばれるそうです。

 

おより紙(御依紙)を湖水に放ち

その沈み具合により

“神意のおうかがい”が

なされたりしたようです。

 

占場は地形的に

風の影響があまりない

場所でもあるようです。

 

「サング」を漢字表記すると

おそらく「散供」という字が

あてはまるかと思います。

 

散供とは

神仏に“お供えを捧げる”ことで

修法の作法でもあります。

 

「打つ」というのは

“祈りを捧げる”といった意味合いです。

 

観音霊場を巡礼して祈りを捧げることを

「札を打つ」とか「札打ち」

と言うことがありますが

「サング打ち」の「打つ」も

同様の意味合いがあると思います。

 

占場の湖底からは

多くの古銭が引き揚げられており

多くの人により

祈りが捧げられていたことが分かります。

 

南祖坊は

当山第2世の月法律師(がっぽうりっし)の

弟子として当山で修行され

その後に全国を巡礼巡行した果てに

十和田湖に入定し

青龍権現となったとされます。

 

その伝説の

象徴的スポットの1つが占場ですし

南祖坊の“入水入定”は

とても重要な諸要素やテーマを

宿しているといえます。

 

この点については

また改めて伝えさせて頂きたいと思います。

 

十和田湖の聖地覚書② 自籠岩(じごもりいわ)

南祖坊(なんそのぼう)が

座って修行したとの伝えがある

自籠岩(じごもりいわ)。

 

十和田湖の聖地の1つとして

神聖視されているそうです。

 

自籠岩へ行くべく

西湖側からボートで

中山半島へ上陸しました。

 

ボートをつけて頂いた所には

「正福龍神大神」と記された

鳥居があり

その奥には祠がありました。

 

『十和田湖歴史散策マップ』によると

ここには夫婦の龍神が

お祀りされているとのいわれが

あるそうです。

 

この祠から

険しい“道なき道“を進み

岩石に取り付けられた

鉄のハシゴをのぼり

ようやく目的地に

たどり着くことが出来ました。

 

自籠岩は

地元の地勢を熟知している

十和田湖自然ガイドクラブの

皆様のご案内がなければ

たどり着くことが

出来ないような

難易度の高い場所にあります。

 

ただ自籠岩への道程は

山岳修行を“体感”して頂けるような

“充実感”があるように思いました。

 

多くの修験者が山岳修行に

励んでいたとされる十和田湖。

 

自籠岩への道のりは

かつての修験者が

辿ったであろう道

眺めたであろう光景などに

触れることを通じて

“歴史を感じる”ことが出来る

尊い道のりだと感じました。

 

 

▼天高(狗)森岩

自籠は地高森とも記されていたようです。

 

自籠岩の岩上から東を眺めると

一層高い岩山がそびえ

天高森あるいは天狗森と呼ばれるそうです。

 

▼自籠岩岩上からみた十和田湖(西湖)

千手観音のお身拭い

「青森の円空」とも呼ばれる

奇峯学秀(きほうがくしゅう、以下「学秀」)

御作の千手観音像の

お身拭いを行い

安置方法を改めました。

 

何年分か不明ですが

相当量の汚れをまとっていたので

筆を用いて塵を落としました。

 

大量の塵が払われ

千手観音像の表情も

心なしか一層穏やかに感じられます。

 

こちらの仏像は本年初頭に

学秀仏(学秀が彫った仏像の意)

であることが判明したばかりです。

 

さらに当山では

本堂の建替を予定しているということもあり

この千手観音像を今後どのように

お祀りするかを様々に

検討しております。

 

学秀御作の千手観音の

安置場所や安置方法は

大方定まったので

細かな部分については

本堂建替事業の推進と共に

進めていければと思います。

 

現在は学秀千手観音を観音堂の

八体仏(十二支守護尊)が

お祀りされている

脇堂上段中央に

お祀りしております。

 

千手観音は蓮華王とも称される

とても尊い観音様なので

お参りの際は

是非祈りをお捧げ下さいませ。

十和田湖の聖地覚書① 奥の院(御室)

当山は

十和田湖伝説に登場する

南祖坊(なんそのぼう)が

修行したと伝えられるお寺です。

 

6/26は南祖坊の祭事を行います。

 

「祭」は伝承や伝説などの“物語”と

向き合う場であり

“つながる”場です。

 

十和田湖伝説と向き合うひとときを

ご一緒してみませんか?

▼6/26南祖祭のご案内

https://fugenin643.com/blog/626南祖祭を開催します/

 

十和田湖とその周辺には

南祖坊伝説を今に伝える場所や

十和田信仰の祈りの痕跡や

山岳修行の行場と思われる場所が

多く存在します。

 

6/19に十和田湖自然ガイドクラブの

皆様に“十和田湖三大聖地”を

ご案内頂きました。

 

その際の記録を

覚書という形で

簡単にお伝えいたします。

 

まずは御倉半島にある

奥の院についてです。

 

奥の院は

御室(おむろ)とも呼ばれています。

 

その場所には

ボートで向かいました。

 

▼奥の院入口

奥の院入口には

ハシゴが架けられています。

 

ちょっと前(2〜30年前?)までは

例祭の前夜祭の時に

ボートに数名でこちらへ

参詣されていたそうです。

 

その際は

奥の院に“上陸”するために

ボートにハシゴを積んでいたそうです。

 

▼奥の院の中

 

▼木札には「熊野」の文字

 

▼入って正面に広がる同心円状紋

同心円状紋は「龍の眼」とも

捉えられているそうです。

 

とても神秘的です。

 

この空間は手掘りで

作られたようで

修験窟としても使われていたと

考えられているそうです。

 

▼祠に向かって右奥の窟

▼祠に向かって左奥の窟

いずれも一説によると

20間(約36メートル)の深さがあるそうです。

 

コウモリが棲んでいるようで

私達が奥の院に入った時

奥に飛んでいくのが見えました。

 

“龍の棲家”とのいわれもあるとか。

 

ついでですが

当山にも写本が残る

『十和田山神教記』(とわださんじんきょうき)

という十和田湖伝説が記された書物冒頭で

廿尋(約36メートル)余りの青龍

忽然と顕れる場面があります。

 

この場面に登場する

具体的なスケールは

“奥の院の龍穴(りゅうけつ)”を

踏まえての描写である可能性が

あるかもしれません。

 

▼内側より見た奥の院入口

西を向いているため

午後は日が差し込み

日没も拝めるとのこと。

 

奥の院から西には

十和田湖の中湖が広がり

その先には十和田神社のある

中山半島が位置します。

 

各所の

「位置」や「方向」についても

沢山触れたいことがあるのですが

またの機会にしたいと思います。

 

この奥の院の空間は

室戸岬における弘法大師の

明けの明星伝説を思わせるような

空間だと感じました。

 

弘法大師空海上人は

真言宗の宗祖で

全国各地に伝説が残ります。

 

十和田湖伝説を伝える際に

南祖坊は十和田湖に

入定(にゅうじょう)した

という言い回しがよくされますが

この入定信仰(にゅうじょうしんこう)

は十和田湖伝説を

紐解く重要なキーワードといえます。

 

この点についても

記し始めると

終わらなくなってしまうので

またの機会に触れさせて頂きます。

 

奥の院は

御室(おむろ)とも呼ばれますが

この名称は真言宗と

とても関わりのあるものです。

 

具体的には

京都の仁和寺と関わる名称です。

 

仁和寺は

真言宗御室派の本山でもあります。

 

当山の前身である永福寺では

仁和寺の皆明院から

住職が迎えられることもありました。

 

専門用語で

院家兼帯(いんげけんたい)という形で

永福寺と仁和寺皆明院は

深く関わっております。

 

こういった歴史的背景が

十和田湖に見られる御室

という名称の根拠となっている

可能性が考えられます。

 

御室のみならず

十和田湖に関係する用語には

真言宗ゆかりのものが

チラホラ見られます。

 

その点についても

折に触れて紹介させて頂きます。

 

まとまりに欠けますが

こんな感じで「6/19の覚書」を

“気まぐれに”

数回に分けて投稿したいと思います。

如来のいのちを生きる

当山では月に2回

御詠歌(ごえいか)を

お伝えしております。

 

御詠歌とは

七五調の詩

あるいは

五七五七七の

三十一文字(みそひともじ)の

和歌に節をつけてお唱えする

“仏讃歌”です。

 

御詠歌には流派があり

当山では豊山流(ぶざんりゅう)

という流派の御詠歌を

お伝えしております。

 

豊山というのは

奈良県桜井市にある

当山の本山である長谷寺の

山号(さんごう)であり

真言宗豊山派という派の名の

由緒となっております。

 

拙僧(副住職)にとって

御詠歌はとても大切なもので

強い思いをもって

向き合わせて頂いております。

 

豊山流御詠歌の中に

不動明王和讃(ふどうみょうおうわさん)

という曲があります。

 

如来のいのち

生きる身の

まことの幸せ守(も)りたもう

誓いたのもし不動尊

(不動明王和讃 第一節)

 

人は誰もが

仏であると説かれます。

 

仏としてのいのちを

私達は生きており

その歩みを守る誓いを

不動明王は宿していることを

この和讃の一説は伝えております。

威風堂々の不動明王像

弘前にお住まいの仏師さんに

お願いしていた

不動明王像一体の修復が

終わったとの一報を頂き

お不動様をお迎えに行ってまいりました。

 

後背(こうはい)

倶利伽羅剣(くりからけん)

羂索(けんさく)

盤石座(ばんじゃくざ)

その他細かな所まで

丁寧に仕上げて下さいました。

 

このお不動様は

観音堂にお祀りされておりますので

当山にお運びの際は

是非ご縁をお結び下さいませ。

 

今回の弘前訪問では

もう一体の修復が必要な不動明王像を

小堀さんに見て頂き

修復のお願いをしてまいりました。

 

こちらのお不動様も

来月中旬以降には

当山にお迎え出来るようです。

 

いずれの不動明王像も

文化7年(1810)の当山本堂火災により

燃えた跡が残っております。

 

200年以上前から

祈りが捧げられてきた

尊い仏像です。

 

これからの未来においても

祈り継いで頂くことを願います。

 

▼新たに修復をお願いした不動明王像

十和田湖三大聖地をゆく

当山は十和田湖伝説ゆかりのお寺です。

 

南祖坊(なんそのぼう)という僧侶が

当山2世の月法律師に弟子入りし

当山にて修行したと伝えられます。

 

南祖坊は

十和田山を開祖した

上人といわれます。

 

伝説によれば南祖坊は

全国の霊山霊跡を巡った果てに

十和田湖の龍神である

青龍大権現(せいりゅうだいごんげん)

となったとされます。

 

十和田湖の休屋(やすみや)

という地域には

当山がまだ永福寺の寺号を

用いていた頃に

別院として十湾寺(とうわんじ)

というお寺がありました。

 

挙げれば切りがありませんが

十和田湖はとてもご縁の深い所です。

 

そのような十和田湖で

多くの方に十和田湖の

魅力を伝えていらっしゃる

十和田湖自然ガイドクラブの

皆さんのご厚意により

“十和田湖三大聖地”を

ご案内頂きました。

 

ここでいう三大聖地とは

奥の院(おくのいん)

自籠岩(じごもりいわ)

占場(うらないば)

の3所のことだそうです。

 

ボートで移動して

道なき道を歩き

岩を登り

ハシゴを登りなどなど

十和田湖の聖地を

“登拝(とうはい)”させて頂きました。

 

現地を熟知されていらっしゃる

ガイドクラブの皆様のおかげで

素晴らしい時間を

過ごさせて頂いたと感じております。

 

現地や現場からでなければ

見えてこないことが

沢山あるのが世の常です。

 

現地に足を運ばせて頂くことで

“腹落ち”したことや

新たに気がついたことや

新たに着想を得たことが

沢山ありました。

 

それらついては機会を改めて

拙僧(副住職)の

一僧侶としての視点や経験も踏まえ

“気まぐれに”お伝えさせて

頂きたいと思います。

 

本日は

十和田神社の宮司さんにも

色々な相談に乗って頂き

さらにはご丁寧にご対応頂きました。

 

様々な尊いご縁により

未来へつながるような

本当に素晴らしい1日となりました。

 

お世話下さった

ガイドクラブの皆様

十和田神社の宮司さんご夫妻に

心より御礼申し上げます。

 

▼奥の院(おくのいん)

 

▼自籠岩(じごもりいわ)

 

▼占場(うらないば)

 

▼十和田神社にて

ご案内頂いた自然ガイドクラブの皆さんと

十和田神社宮司さんにご一緒頂き

写真を撮りました。

 

▼美しき十和田湖ブルー

唱えて学んで祈って

御詠歌の詠秀研修会と

現代教化研究所の所内会のため

東京の宗務所へ行ってまいりました。

 

御詠歌の奥深さを

改めて感じた研修会でした。

 

手元供養やお墓についてなど

現代におけるご供養のあり方を

考えさせられた所内会でした。

 

このような

研鑽させて頂く機会に

恵まれていることは

本当にありがたいことです。

 

宗務所のある

大本山護国寺では

毎月18日に本尊である

如意輪観音(にょいりんかんのん)が

御開帳されます。

 

本日は

ちょうど御開帳日だったので

用事を終えてから

本堂をお参りすることに。

 

本堂に行った所

御開帳した本尊を

再び御閉帳する

閉帳法要(へいちょうほうよう)が

始まる直前だったので

拙僧(副住職)も

参列させて頂きました。

 

今回も多くのものを

得ることが出来たように思います。

 

アロマフェア八戸で出張法話トークを担当します

6/28〜29に

はっちで開催される

アロマフェア八戸八戸vol.7

 

その中のプログラムの1つ

出張法話トーク「香りとこころ」

(6/29午後1時〜2時、参加無料)

を拙僧(副住職)が

担当させて頂きます。

 

寺子屋ワークショップ

『香りのこころ』や『写経カフェ』で

いつもお世話になっている

ひつじや美央さんのご縁で

実現したプログラムです。

 

短い時間ですが

香りを仏道の視点から

お話させて頂きますので

ご都合のよろしい方は

是非遊びにいらして下さいませ。

 

▼アロマフェア八戸vol.7の詳細

http://aromafairhachinohe.wixsite.com/home/vol7