普賢院のお坊さん・スタッフ紹介

普賢院のお坊さん・スタッフ紹介

品田泰永(しなだ たいえい)

普賢院第64世住職。昭和24年生まれ。大学時代は梵文学(ぼんぶんがく)を専攻し、博士課程まで進み研究を重ねる。傅燈大阿闍梨(でんとうだいあじゃり)。地域のこと、歴史のなど多くのことに明るいまさに「生き字引」。

 

品田泰峻(しなだ たいしゅん)

副住職。昭和58年生まれ。大学では人類学を専攻。卒業後に宗門(しゅうもん)大学編入、平成21年3月卒業。東京の寺院へ奉職後、平成23年に普賢院へ帰山(きざん)。豊山流大師講詠秀(ぶざんりゅうだいしこうえいしゅう)。真言宗豊山派総合研究院現代教化研究所研究員。

 

品田千賀子(しなだ ちかこ)

住職妻。昭和28年生まれ。長くピアノ講師を勤める。ハンドベル、シャンソン、賛美歌と幅広く音楽活動を行う。青森県声楽研究会所属。ボイストレーニング講師。民生委員。

 

品田充恵(しなだ みちえ)

副住職妻。昭和57年生まれ。大学時代はバックパッカーで30カ国以上を訪れる。イギリスの大学院卒業後は、アーユス仏教国際協力ネットワークに就職し平成23年まで勤める。現在も普賢院から様々な情報を発信中。

 

中野太陽(なかの たいよう)

昭和55年生まれ。令和2年より普賢院の“お弟子さん”となり、同年3月25日に大本山護国寺(東京)にて得度(とくど、出家のこと)。全国の寺社仏閣をめぐるお遍路ニスト、ストイックに体を鍛える“元ボディービルダー”といった一面を持つ、心優しき修行僧。

 

レン

六ケ所村の山で平成28年7月に生まれる。保護され里親を探していた所、ご縁が整い普賢院で暮らすことに。布団や毛布の上で寝るのが大好き。来客には必ず吠えてご挨拶をする、人見知りなイケメン犬。

 

▼こちらのサイト(まいてら)もご覧ください♪

https://mytera.jp/tera/fugenin55/monk/

稀代の古刹 七崎観音⑭

このタイトルでの投稿は

気がつけば一年以上ぶりです。

 

殊に本年に入ってからは

現本堂解体に向けた準備にも

追われていまして

相変わらずバタバタと

過ごしております。

 

本堂解体に向けた準備作業には

仏具や所蔵品の整理も含まれており

作業を進めていると

次々と貴重なものが出てきたり

新たな視座を得たりということもあり

良い功徳を頂戴しながら

歴史的大事業を進めさせて頂いております。

 

当山は

菩提寺という性格に加え

これまで祈願寺という性格が

色濃いお寺でもあったので

古い祈祷の御札や版木が

所蔵されています。

 

今回は

当山の歴史について

興味深い文言が刻されてた

正(聖)観音の古い版木を

ご紹介いたします。

 

まずは写真をご覧ください。

 

▼正(聖)観音の版木・全体像

 

▼同版木・下部

写真だと見にくいですが

七嵜山 普賢院」と刻されています。

※「嵜」は「崎」の異体字。

※以下、「崎」で記させて頂きます。

 

当山は

平安初期(弘仁初期頃)に

圓鏡(えんきょう)上人が開創され

承安元年(1171)に

行海(ぎょうかい)上人が開基され

享保年間(1716〜1736)に

快傅(かいでん)上人が中興されました。

 

鎌倉時代〜江戸時代初期は

永福寺(えいふくじ)の寺号(じごう)が

用いられております。

 

現在の観音堂の中尊として

祀られる聖観音(しょうかんのん)は

七崎観音(ならさきかんのん)と

通称されており

その起源もまた平安時代に

遡るとされます。

 

当山は

永福寺時代も含め

現在に至るまで

七崎観音の別当を勤めております。

 

現在の七崎観音の仏像は

南部29代・重信公が

貞享4年(1687)に

奉納されたものです。

 

七崎観音は

明治時代に至るまでは

現在の七崎神社の地に建立されていた

観音堂に祀られていました。

 

その観音堂は

七崎観音堂(ならさきかんのんどう)と

呼ばれており

徳楽寺(とくらくじ)という

寺号(じごう)が用いられていました。

 

明治になり発令された

神仏分離令により

徳楽寺は廃寺となり

跡地には七崎神社が建立されました。

 

徳楽寺の廃寺に伴い

七崎観音は現在の場所に

遷座(せんざ)されました。

 

徳楽寺は

七崎山(ならさきさん)という

山号(さんごう)が用いられ

七崎山徳楽寺という寺院名が

まかり通っていたというのが

一応の「定説」でした。

 

しかし

今回紹介させて頂いている

古い版木が示している

「七崎山普賢院」という

山号と院号は

「定説」以外の可能性を

宿したものとも捉えられますし

当ブログで重ねてきた考察や仮説に

幾つかの具体的イメージを

与えうるものでもあると感じます。

 

現在において

必ずしもそうではありませんが

寺院名は山号・院号・寺号で

ワンセットなので

単に

七崎山普賢院徳楽寺という形で

徳楽寺の院号として

普賢院の御名が

用いられていた

とも考えられます。

 

あるいは

江戸初期に

幕政・藩政における

本末関係の組織化が

図られるにあたり

本坊永福寺自坊として

改めて「編成」される際

山号が七崎山から

仏道的な意味合いも濃い

宝照山になったという

推測もありえるかと感じます。

 

今回ご紹介した古い版木は

七崎山という山号をめぐり

沢山の可能性を示唆するものとして

とても興味深いものといえるでしょう。

オンライン参拝のご案内

普賢院のYouTubeチャンネルに

オンライン参拝の動画を

用意しました。

 

外出自粛が続く現状を踏まえ

オンラインで「お参り」頂けるよう

各お堂の様子を録画した

動画を用意しました。

 

いずれの動画も

冒頭40秒程のご案内の後

お堂の様子が約10分流れます。

 

オンラインという形ではありますが

各所各時間において

皆様各々のお心をはせて

「お参り」頂ければと思います。

 

また

経本『真言宗豊山派 檀信徒のおつとめ』

の読経の動画も用意しました。

 

檀信徒の皆様の多くが

お持ちの経本ですし

小正月、春秋彼岸、お盆の法要で

いつもご参列の皆様とご一緒に

お唱えしてしているものです。

 

ご供養やご精進などに

お役立て頂ければ幸いです。

 

オンライン参拝の

各お堂の動画は下記URLから

ご覧頂けますので

ご案内申し上げます。

 

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《オンライン参拝の各URL》
◆本堂
https://www.youtube.com/watch?v=B2CaoY32HWw

 

◆観音堂
https://www.youtube.com/watch?v=wxoFVPcyDD0

 

◆地蔵堂
https://www.youtube.com/watch?v=dEBK1Rj-BnM

 

◆位牌堂
https://www.youtube.com/watch?v=s6mUhJ8yvkM

 

◆花まつり 釈迦誕生仏
https://www.youtube.com/watch?v=-au5KqBczr0

 

=================
※いずれの動画も無音です。

※『檀信徒のおつとめ』など読経を日課とされている方や、短い瞑想をされている方を想定し、各動画の長さは約10分としました。

※限定公開の設定となっているので、上記URLからのみオンライン参拝の動画をご覧頂けます。

 

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《読経『真言宗豊山派 檀信徒のおつとめ』》

 

下記URLより読経の様子をご覧頂けます。

https://www.youtube.com/watch?v=y5d33pbk6-k

 

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永福寺時代の木箱

ここ一ヶ月以上

大掛かりに境内建物の

掃除や整理を行なっています。

 

これは本堂建替のための

現本堂解体に向けた

準備を兼ねたものです。

 

当山は古いお寺で

文化7年(1810)に火災に

あってはいるものの

多くの古い仏像や仏具や文書を

所蔵しています。

 

ただでさえ

物が多いのに加え

歴史的に大切なものも多いため

時間をかけて作業しています。

 

隅々に手を入れる中で

拙僧(副住職)も初めて

目にするものや

知ることが多くありました。

 

例えば

当山がまだ永福寺と呼ばれていた

時代に使われていた

江戸期の木箱があります。

 

住職から話は聞いていましたが

現物を見たのは本日が初めてでした。

 

寶珠山(ほうしゅざん)という

永福寺時代の山号(さんごう)が

朱で記されており

歴史が感じられます。

 

当山は平安初期に開創され

鎌倉期〜江戸時代初期には

永福寺(えいふくじ)の寺号(じごう)が

用いられていました。

 

その歴史を今に伝える

貴重な宝物(ほうもつ)だと感じます。

 

花まつり法要をオンラインで

本年から

花まつりの行事を行うべく

仏具屋さんにお願いしていた

釈迦誕生仏と花御堂(はなみどう)が

本日届けられました。

 

花まつりとは

お釈迦様の誕生日を祝う行事です。

 

お釈迦様の誕生日は4/8とされますが

地域によっては月遅れで5/8に

行事が行われます。

 

花まつりの法要は

仏生会(ぶっしょうえ)

降誕会(ごうたんえ)

灌仏会(かんぶつえ)

とも呼ばれます。

 

当山では

5月に花まつりの法要と行事を

開催しようと考えておりました。

 

ちょうど連休にあたる時期に

にぎやかに開催出来ればと

考えていたのですが

感染拡大防止に

努めなければならない状況なので

本年はオンラインでの開催を

試みたいと思います。

 

ついでですが

本年6月に予定していた

南祖祭(なんそさい)も

オンラインでの開催を

予定しています。

 

南祖祭は

南祖坊(なんそのぼう)という

十和田湖伝説に登場する僧侶の行事です。

 

南祖坊は

当山2世の月法律師(がっぽうりっし)の

弟子として当山で修行したとされ

全国巡礼の旅の果てに

十和田湖の龍神である

青龍大権現(せいりゅうだいごんげん)に

なったとされる僧侶で

当山には南祖坊の御像である

南祖法師(なんそほっし)尊像が

祀られています。

 

出来る形で

祈りを捧げつつ

その行事に重ねられている

意味であったり背景などに

触れて頂ければと思います。

 

寛政12年の鈸

今からさかのぼること220年前の

寛政12年(1800)に

当時の住職・宥慎(ゆうしん)大和尚が

奉納された鈸(はち)という

鳴り物の仏具。

 

つい先日

業者さんにお願いしていた

紐の修理が終わり戻ってきました。

 

宥慎師は

総本山である奈良県桜井市の

長谷寺でお亡くなりになられ

長谷寺にも墓石が残っています。

 

宥慎師が奉納された鈸(はち)は

全体に模様が彫られており

現在ではあまり見られない

外観をしています。

 

寺宝(じほう)の1つとして

大切に護持していきたいと思います。

 

会津斗南藩縁故者のお位牌が出来ました

当山には

会津斗南藩(となみはん)の

縁故者の墓石が16基現存しており

位牌堂には

その方々の戒名が記された

大きな位牌が祀られています。

 

その位牌に加え

この度「会津斗南藩縁故者諸霊位」の

文言で新たに位牌を建立しました。

 

斗南藩の歴史は

“激動の歴史”といえます。

 

その歴史を一人でも多くの方に

認知して頂ける環境を整えることも

供養の形であると捉えています。

 

位牌堂前方の右側祭壇に

斗南藩の位牌をお祀りしているので

当山にご参詣の際は

こちらにもお手合わせ頂ければと思います。

 

修繕を終えた子安地蔵

昨年末に

弘前の仏師・小堀寛治さんに

修繕をお願いしていた

子安地蔵像の修繕が

終わったとのご連絡を頂いたので

弘前へお迎えに行ってまいりました。

 

子安地蔵は

子安様(こやすさま)と通称され

当地域では親しまれている

お地蔵様です。

 

あちらこちらが

壊れていたお仏像でしたが

丁寧に修繕して頂いたおかげで

いっそう柔和な雰囲気を

まとわれた子安様に

なったように感じます。

 

こちらの子安様は

新本堂の地蔵堂にて

お祀りする予定です。

 

それまでは

位牌堂の前方祭壇スペースに

お祀りいたします。

 

子ども達が健やかなることや

先立った幼い子ども達が

安らかであることを

願いとして託された

尊いお地蔵様なので

お運びの際は

是非お参り頂ければと思います。

 

▼修繕前

 

▼修繕後

斗南藩縁故者のご供養に思いをはせて

当山には

会津斗南藩(となみはん)の

縁故者の墓石が16基現存します。

 

位牌堂にも

当山にて弔われた方々の

戒名が列記された位牌が

祀られており

激動の歴史を今に伝えます。

 

当山の本堂建替事業における

境内整備の一環として

会津斗南藩縁故者の墓地を

整備して供養碑を建立したいと

考えております。

 

また

位牌についても

思う所がありまして

「会津斗南藩縁故者諸霊位」

という文言で新たに1基を

建立することといたしました。

 

後世においても

確かに残された足跡に

思いがはせられながら

ご供養して頂きたいと思います。

 

七崎観音の護摩法要にいらっしゃいませんか?

当山本堂にお祀りされる

聖(正)観音(しょうかんのん)は

七崎観音(ならさきかんのん)と

呼ばれており

古くから親しまれてきました。

 

現在の七崎観音は

29代藩主・南部重信公が

貞享4年(1687)に

納められた聖観音(秘仏)で

年に1度だけ

旧暦1月17日のみ御開帳され

その御宝前にて

護摩法要(ごまほうよう)が

厳修されます。

 

年に一度の

とても厳かな法要です。

 

夜の本堂での護摩は

格別のものがあります。

 

どなた様でも

ご参加頂けますので

多くの方にご参加頂ければと思います。

 

現在の本堂は

早ければ本年秋頃に解体予定なので

現在の本堂での

最後の七崎観音ご開帳となります。

 

皆様のご参列

心よりお待ちしております。

 

※詳細については

下記PDFをご参照下さいませ。

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