お寺から
「おそなえ」を
「おさがり」として
「おすそわけ」する
おてらおやつクラブ(http://otera-oyatsu.club)。
7/5に発送作業を行いました。
発送先にて
当山からの「おすそわけ」を
少しでもお役立て頂ければ幸いです。
出来ることを
継続するということが
大切なことかと思います。
「おすそわけ」で
お送りしたお菓子などは
ご法事などにて
心が通わされた「おそなえ」です。
有縁の皆様の尊い御心が
あたたかく巡らされることを
願っております。


お寺から
「おそなえ」を
「おさがり」として
「おすそわけ」する
おてらおやつクラブ(http://otera-oyatsu.club)。
7/5に発送作業を行いました。
発送先にて
当山からの「おすそわけ」を
少しでもお役立て頂ければ幸いです。
出来ることを
継続するということが
大切なことかと思います。
「おすそわけ」で
お送りしたお菓子などは
ご法事などにて
心が通わされた「おそなえ」です。
有縁の皆様の尊い御心が
あたたかく巡らされることを
願っております。


お寺の屋根の上には
たくさんの枯れ葉が
降り積もっておりました。
屋根に上り
枯れ葉を落とし
それらを集めて積み上げて。
強い陽射しでしたが
そよぐ風が心地よい
本日の昼下がりでした。
好天の下での
掃除は気持ちのよいものです。
仏道において
掃除は1つの修行とされ
作務(さむ)といいます。
お盆を迎えるにあたり
穏やかな“修行の時間”に
自身を置かせて頂いた
7月上旬のひとときでした。





五重宝塔(ごじゅうほうとう)。
「五重の塔」ともいいます。
天高くそびえる塔は
尊い「願い」と
尊い「誓い」の
シンボルでもあります。
ご法事の際などに
お墓に建てられる
五輪塔婆(ごりんとうば)は
“建立の誠”そのままに
五重の塔を簡略化したものです。
7/1はお寺で
御詠歌(ごえいか)のお稽古でした。
現在、当山では
総本山長谷寺五重宝塔和讃
総本山長谷寺五重宝塔御詠歌
という曲の
研鑽に励んでおります。
奈良県桜井市の
長谷寺にそびえる
五重の塔についての歌です。
本山にそびえる
五重の塔は昭和29年に
戦没者供養のために
建立されたものです。
平安への「願い」
自身の歩みへの「誓い」。
ご参加の皆様とともに
五重の塔に託された
「こころ」を
奏でさせて頂きました。
▼御詠歌(ごえいか)のご案内
https://fugenin643.com/category/御詠歌(ごえいか)のご案内/
▼五重塔(長谷寺)


糠部(ぬかべ)三十三観音霊場
第16番札所である
斗賀 霊現堂(とが りょうげんどう)。
明治まではお寺でしたが
現在は斗賀神社という
神社となっております。
十和田湖伝説に登場する
南祖坊(なんそのぼう)は
こちらで生まれたとされます。
斗賀神社の裏手には
十和田神社があり
南祖坊が祀られております。








名峰・名久井岳(なくいだけ)。
古くより愛でられてきた
美しい自然に囲まれて
法光寺(ほうこうじ)様が
佇んでおります。
北条時頼公により創建され
七百数十年の歴史をもつ
名刹です。
法光寺境内にそびえる
三重塔のすぐそばに
観音堂がございます。
この観音堂に
祀られる観音様は
糠部(ぬかべ)三十三観音霊場
第19番札所の観音様でもあります。
糠部三十三観音霊場は
南部地域にまたがる霊場で
当山は第15番札所です。
お時間がございましたら
「かんのんまいり」に
お出かけされてはいかがでしょう。






アジサイの花が
初夏らしさを
感じさせます。
アジサイの葉に
とどまるカエルが
梅雨らしさを
感じさせます。
四季折々の光景は
それ自体が
絶妙な“語り”です。
アジサイとカエルと
蒸し暑さと
時季の虫たちと。
もうすぐ暑い夏が
やってきます。
当山は
お盆の準備に
取りかかろうとしております。
もうそんな時季で
あることを
アジサイとカエルと季節の光景が
“告げて”おります。


征夷大将軍
坂上田村麿(さかのうえの たむらまろ)公。
田村麿公の伝説は
東北各地にございます。
当山にも
田村麿公の伝説が
伝えられます。
普賢院の前身である
永福寺(えいふくじ)は
延暦19年(西暦800年)に
奥州六観音の1つとして
現在の当山の地に
楢崎観音(ならざきかんのん)として
坂上田村麿公により
建立されたと伝えられております。

6/27に奥州市、一関市を訪れた際
平泉にございます
達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわや びしゃもんどう)
にも立ち寄らせて頂きました。
こちらは国指定史跡であり
延暦20年(西暦801年)に
田村麿公が創建した名刹です。
たまたま訪れた所
金堂(こんどう)にて
大将軍会(だいしょうぐんえ)
という田村麿公の法要が
営まれておりました。
毎年旧暦5月23日に
厳修されている
1年に1度の法要だそうです。
偶然とはいえ
光栄にも尊い法要に
立ち会わせて頂きました。
平泉は
仏教文化が荘厳に花開き
国土安寧の願いが
託された地でもあります。
歴史を今に伝える
平泉の地にて
受け継がれ祈り継がれた
“色あせぬ風土”を観させて頂きました。
▼達谷窟毘沙門堂
http://www.iwayabetto.com/mysite1/bisyamondou.html








奥州市、一関市を
研修会で訪ねました。
昨今話題となっております
合葬墓(がっそうぼ)や
永代供養墓(えいだいくようぼ)。
お墓のあり方が
大きく変わってきております。
現代は
お墓を持ちたくても
持つことが難しい方が
沢山いらっしゃる時代です。
様々な選択肢の必要を
痛感させられた
研修会となりました。





早いもので
平成28年も折り返しです。
あれよあれよと
時間が過ぎていった
ように感じられます。
沢山の出来事で
沢山のご縁に
触れさせて頂きました。
1年の半分が
過ぎようとしておりますが
まだ半分が残されております。
お盆、秋彼岸、年末と
下半期もあっという間に
過ぎてしまいそうですが
精一杯励ませて頂きます。

世界各所では
現在も戦争が
行われております。
もはや
誰が「敵」で
誰に攻められているのかすら
分からないような中で
生活されている
沢山の方がいらっしゃいます。
他人事ではない凄惨な現実。
人と人が
憎しみあい
人と人が
命を奪いあう
1つの“世のあり方”。
仏道では
悲しみながらも
争わなければならない世界を
「修羅(しゅら)の世界」といいます。
我々の心には
“十の世界”があると
説かれます。
地獄(じごく)
餓鬼(がき)
畜生(ちくしょう)
修羅(しゅら)
人(にん)
天(てん)
声聞(しょうもん)
縁覚(えんがく)
菩薩(ぼさつ)
如来(にょらい)
これらは私たちの
心の“姿”
でもあります。
生まれながらに
「ゲリラ」である
人間は1人として
存在しません。
生まれながらに
「殺人鬼」である
人間は1人として
存在しません。
心の畏るべきこと
毒蛇、悪獣、怨賊よりも甚だし。
大火の越逸なるも
未だ喩とするに足らず。(by『仏遺教経』)
心のあり方は
世界のあり方そのものにも
大きく関わるものかと思います。
戦争は
人の心のあり方の
1つの状態でもあります。
心を整える大切さが
仏道では説かれます。
向き合わなければならない
「苦」を乗り越えながら
自身を深め
自身を高め
世に尽くしながら
歩みを進めていく。
仏道とは
み教えを「今」に
活かしながら
歩むことです。
美しき心の“姿”。
悲しき心の“姿”。
醜き心の“姿”。
恐ろしき心の“姿”。
さまざまな
心の“姿”を
私たちは宿しております。
本日は
いかなる“お姿”でいらっしゃいますか?
