本日は父である
先代住職の命日です。
令和3年に急逝してから
もう4年たちます。
この4年は
拙僧泰峻にとって
あれこれと目まぐるしいもので
非常に濃密な期間でした。
4年たつということは
再来年は7回忌です。
父が亡くなるあたりは
研究紀要に掲載する
論文執筆に
かなり注力していました。
執筆中に抹茶を立てて
しばしばデスクに
持ってきてくれたのが懐かしいです。
亡くなる前日も
抹茶をいただいたと記憶しています。
論文の完成を楽しみにしていた父だったので
刊行された紀要を
仏壇にお供えして
報告としたことも思い出されます。
父が急逝して4年たつ現在
自身が何をしているかというと
来週に控える研究発表の
原稿執筆に注力しています。
これも自分なりの
供養の形だと思っています。
感覚的な「らしさ」を
大切にしたいと思う今日この頃。
思考的で意識的なものではなく
直感的で自然な自分らしさ
のようなものの大切さ。
というのも
現代は思考力優位な印象があり
想像力を能動的に働かせる機会
そのものが少ない傾向に
あるように思うのです。
テレビやネット動画は
受け身的に提供される情報に対し
思考力で対応・対処するわけですが
本来思考力とバランスよく
協働させるはずの想像力が
発揮される場面が
減少してきてはいないでしょうか。
事細かな情報が整って
それを受け身で受容するメリットは
10人いれば10人が
ほぼ均質のイメージとして受容出来る点です。
それは思考力を働かせる行為となりますが
このような場面では
想像力はあまり求められません。
これは今取り組んでいる
研究内容にも関わることということもあり
つまるところ自然の「らしさ」を
大切にすることが
自心の平穏につながると
言えるのだと感じています。
という感じのことを
思いめぐらせながら
朝から晩まで缶詰状態で
精進した先代住職の命日でした。

