くたくたに

春彼岸の寺報作りをしようと

していたはずだったのですが

色々調べ物をしていたら

そっちが本格化してしまい

寺報作りは明日以降にすることに

腹を括りました。

 

明日明後日は東京なので

移動時間などを活用して

取り組むことにしたいと思います。

 

今日も暖かかったので

長女にせがまれて

放課後のバスケットボールと

バレーボールを。

 

くたくたです。

 

春の香りが

たちこめてきた感じがします。

 

そんな中で

汗を流せたので

よいリフレッシュとなりました。

 

春さながらに

本堂裏手の墓地は

雪が全くない状態で

その光景は

春さながらのものでした。

 

もうすぐ春彼岸です。

 

春彼岸のお墓参りは

今のところ

足元を気にせず

していただけそうです。

 

今年は境内墓地の整備を

進める予定です。

 

今年から少しずつ

墓地にアジサイを

植えようと考えています。

 

アジサイを

植えて徐々に増やしていくことは

昨年末にご逝去された

当山有縁の方との

約束でもあります。

 

出来る範囲で

墓地整備を進めて

ご使用の方に

お参りいただきやすい環境を

整えたいと思います。

 

▼境内墓地の光景

 

▼合葬墓

 

▼動物供養所の基礎

調子が良いかもです

本年も

あれこれ立て込んでいる関係で

事細かなご紹介やご案内が

出来ないでいるのですが

どうやら今年の住職は

調子が良いようです。

 

これまでの長い下積みが

繋がり始めて形になりつつあるような

印象があります。

 

まだまだ先は長いのですが

修行面(修法と修学)において

個人的に進展があり

とても順調に感じています。

 

先月下旬から本日までは

あれこれ詰め込まれ過ぎた感じの

慌ただしさだったのですが

一山こえて

彼岸の準備に取り掛れそうです。

 

来週は出張もあったりで

落ち着いたわけではないのですが

明日からは春彼岸の準備に

集中したいと思います。

 

開創当時を考える⑤

「人は悩む」

 

そういったとき

恐らくほぼほぼ

納得いただけると思います。

 

そしてまた

「悩む」ことが

多くの修行者が

修行するに至った

理由として挙げられます。

 

釈尊(お釈迦さま)もまた

「悩んだ」ゆえに出家され

求道・修行の果てに

成道されました。

 

なぜ「悩む」かを把握し

悩みを悩みでなくすために

修行をする。

 

原始仏教経典

『スッタニパータ』などに

目を通すと

様々な「悩み」の訴えに対して

釈尊が諭していく

というやり取りが

いくつも見られます。

 

当山開創当時を考えると

天災・戦災・疫病による

嘆きや苦しみを抱いた方も

多かったでしょうし

歴史的背景を踏まえてみると

様々なことが推定されます。

 

初代・圓鏡師も

出身地は不明ですが

父母がいらして

兄弟姉妹もしたかもしれなくて

師僧や法友もいらして等

相関図を考えてみると

身内のことで

死別があったり

何かしら悩まされたことが

あったかもしれませんし

もしかしたら

戦乱や災害や疫病による

大変な状況に立ち会ったかもしれません。

 

衝撃的で

大きな契機が

出家・修行の動機に

なったのではないかと思うのです。

 

出家得度して

沙弥戒を授かり

法名を授かり

具足戒を授かり

そしてまた

修法を伝授され

諸学を講伝され

修行・修禅・修学に励む。

 

法名「圓鏡」の由来と見られる

大圓鏡智という智慧は

とても重要な位置づけがされるもので

「あらゆるもの全て映し出す鏡」の如く

“あるがまま(自然・真如)に観る”

境地の智慧です。

 

“あるがままに観る”は

執われ(悩み)なく観ることであり

漢字をあてると観自在となります。

 

観自在は

観自在菩薩という尊格名にもある言葉ゆえ

とてもポピュラーなフレーズかと思います。

 

観自在菩薩は

観音様として

当地でも親しまれる尊格ですが

修行においても重要な尊格です。

 

密教では

普門総徳(ふもんそうとく)の

尊格として大日如来という

とてつもなく

スケールの大きい仏の

一門別徳(いちもんべっとく)の

尊格として様々な仏様が

開示されていって

それを表現したものを

曼荼羅というので

観音様もまた

曼荼羅思想を背景として

捉えられていることを

一応ここに付記しておきます。

 

観音霊場の巡礼で

札所を回られた経験のある方は

とても多いと思います。

 

巡礼もまた

修行の一つの形と

捉えることも可能でして

そう考えると

「観音と修行」は

意識せずとも現代にも

かなり浸透しているといえるでしょう。

 

圓鏡師が

十一面観音を本尊として

当山を開創されたのも

意味があってのことと思いますし

この点は

さらに深ぼれそうですが

長くなりそうなのでこの辺に。

 

出生年は不明ですが

過去帳記載の入滅年月日は

初代・圓鏡(817年5月15日)

第2世・月法律師(831年10月16日)

となっています。

 

圓鏡師ご遷化から

月法律師ご遷化までは

14年弱の期間があります。

 

月法律師は

十和田湖伝説に登場する

南祖坊として地元では知られる

南祖法師の師僧とされる方です。

 

南祖法師については

十和田湖伝説を伝える写本のひとつ

『十和田山神教記』をもとに

絵本『龍になったおしょうさま』で

肝要なシーンを紹介しているので

ご興味ある方は

そちらをご覧いただければと思います。

 

▼絵本動画はコチラ

https://youtu.be/-utlyWdwxHk?si=AF0K2l9ccJ5Y_34z

 

伝説は歴史とは異なるものですが

何かの出来事が元となっていて

貴重な情報が散りばめられており

大切にされてきた背景を考察するに

切実なものがあると捉えています。

 

この辺については

既に少々触れたことがあるので

今は深入りしません。

 

さて

当山が所蔵する先の写本では

南祖丸(南祖法師の幼名)は7歳に

当山に入門し

18歳に諸事情あって

得度して南祖法師と“名を改め”て

「修行旅」に出発します。

 

師僧が月法律師とされるので

月法律師が住職でありえたのは

817年〜831年の約14年なので

この期間に随身期間が比定されます。

 

月法律師の法名「月法」について

前回も触れましたが

圓鏡師同様に

仏教的視点から紐解けば

とても深いものがあり

さらに注目したいのは

「律師」であることです。

 

僧綱のひとつである重要職という意味

律に通じている者という意味がありますが

この律師たる月法師について

次回以降は

主に取り上げてみたいと思います。

 

つづく

開創当時を考える④

開創上人である

圓鏡(えんきょう)師の

法名は五智(ごち)のうち

大圓鏡智(だいえんきょうち)

という東方・阿閦如來(あしゅく)如来に

当てられる仏智に由来することに

以前触れました。

 

そして圓鏡師の行状について

諸史料が伝える当時の社会背景を

手がかりに考察を試み

そして当地を拠点に選定して

十一面観音を本尊として

開創に至ったことを

大まかに描いてみました。

 

十一面観音は

空海・最澄以前の“古密時代”から

日本でも信仰されていた尊格です。

 

さらっと仏智とか五智とか

書いていますが

これには思想的展開があって

現在に至るものなので

あたかも「昔からこうです」と

思われるような記述は

よろしくないと思うのですが

論文ではないので

さらっといかせていただきます。

 

思想的展開は仏教の歴史でもあり

その展開の中には

修行者自身による体験内容と

伝えられる所の理論内容が

異なることに気づいたグループが

自身の体験内容を

限界があると自覚しつつも

サンスクリット語による記述を

試みた経典がもととなるものがあります。

 

現代の寺院や僧侶の

一般的(と思われる)イメージと

(おそらく)違って

持戒しながら修行に打ち込むことは

必須のことであり

その行状はまさに

身命をとしたものであったのです。

 

すこぶる修行を重んじ励まれ

自身の行(自利行)のみならず

利他行も行いつつ

過ごしていたものと考えます。

 

弘法大師の伝記によると

弘法大師は

山野を中心に自然にわけいり

浮世離れした行に

打ち込んでいただけではなく

勉学にも励まれていたことが

分かっているので

圓鏡師も行だけではなく

「教」(勉学の意)にも

励まれたと考えます。

 

そもそも

行と教は両輪のようなもので

僧侶において

「教なき行」「行なき教」

というのは厳密には

成立しないようにも思います。

 

圓鏡師の出身地は不明ですが

授法の師匠がいらして

法友もいらして

弟子もいらいたことでしょうし

支持する優婆塞・優婆夷(在家者)も

いらしたことでしょう。

 

真東を向く当山は

必ず日の出を仰ぎ

日の入りを背に負います。

 

日輪観・月輪観といった

観法を修法したでしょうし

明星や北極製や七星などの

星々にまつわる観法も

修法したことでしょう。

 

月輪観(がちりんかん)という

行法は現在も重宝される

歴史あるもので

菩提心(ぼだいしん)という

とても尊い心を

満月の観想を以て

“感得”することを目指します。

 

重宝されるというか

修行必須の超重要な修行のひとつが

月輪観といえます。

 

初代住職・圓鏡師の次代を担った

第2世・月法律師(がっぽうりっし)の

法名「月法」は

「菩提心の象徴たる月の教(法)」という

深い意味に通じます。

 

月法律師は

十和田湖伝説に登場する

南祖法師(坊)の師とされる僧侶です。

 

「月法律師が南祖法師の師」

ということにも

意味が込められていると仮定して

仏教的背景を想定してみると

そこにまた

新たな筋書きが浮かび上がってきます。

 

つづく

ほぼ復活

なるべく休養したおかげで

体調がかなり良くなりました。

 

もう大丈夫です(たぶん)。

 

休養(療養)を挟んでの

再び年度末モード全開です。

 

春彼岸の準備に

全く手が回っていないので

明日から気合いを

入れて取り組みたいと思います。

 

やや復活

一日寝込んだので

大分調子が戻ってきました。

 

頭がボーッとしてますが

食事も摂れるようになり

快方に向かっています。

 

明日には

ほぼ万全になるのではと

希望的観測を持っています。

 

というか

明日には治らないと

困るのです…

 

今日も早めに寝ます。

完全ダウン

昨晩から

腹痛・下痢・嘔吐という感じで

完全にダウンしております。

 

ノロとか風邪でしょうか。

 

ということで

本日は朝からずっと

寝込んでいました。

 

寝込んだおかげで

体調はかなり回復したのですが

まだスッキリしません。

 

そんな感じなので

また寝ようと思います…

 

少し遅れての誕生会

今宵は3日遅れで

長女の誕生会でした。

 

昨日まで長女が

体調を崩していたので

3日遅れとなりました。

 

家族5人で

普段よりも沢山

夕食をいただきました。

 

普段は少食のせいか

食べすぎて

体調が変になっています。

 

何はともあれ

今年も誕生会の時間を

家族で過ごすことが出来て

嬉しく思います。