あらたまった地蔵堂

旧本堂と新本堂を比べた時

大きく変わった箇所は

いくつかあるのですが

最も変わったのは

子安さま(子安地蔵)を

お祀りする地蔵堂です。

 

本年の秋彼岸は

有縁の皆様へ

新本堂をお披露目する

期間でもありましたが

子安さまが荘厳にお祀りされた

地蔵堂はとても好評でした。

 

旧本堂では

子安さまは

とても小さなスペースに

お祀りされておりました。

 

新本堂では

ひと間に祭壇を設け

そちらにお祀りしています。

 

新たな地蔵堂は

子安さまを本尊として

お祀りするスペースとして

だけではなく

多用途に使用いただけるよう

用意した広さ十畳のお堂です。

 

法事などのご会食を含む

各種会合はもちろん

有縁の方がお亡くなりなられた際に

ご安置することも可能です。

 

地蔵堂の行事も

毎年夏に行う予定です。

 

多くの方に

祈りをお捧げいただくとともに

お役立ていただいただければと思います。

 

新鮮な心持ちで過ごしています

新本堂の使用が始まり

とても新鮮な心持ちで

励ませていただいております。

 

堂内の様子をお伝えする動画を

新たに用意したので

ご覧いただけると幸いです。

 

まだ備品が揃っていないので

使用しながら整えていく算段でおります。

 

少し落ち着いたら

堂内をご案内する取り組みも

実施したいと思います。

 

本堂の仏像が勢揃いしました

修繕していたものを含め

本堂に祀られる仏像が

全て安置されました。

 

今朝は本堂にて

入仏開眼(にゅうぶつかいげん)を

つつしんで修法させていただきました。

 

本堂の様子をお伝えする

動画を用意したので

ぜひご覧ください。

 

この度の

本堂建替事業では

仏像・仏具・荘厳具の修繕も

多くなされました。

 

このような機会でなければ

いずれも修繕は難しかったと思います。

 

少し前に

ブログでも触れましたが

観音堂の扁額(へんがく)も

修繕したいと思い立ち

拙僧泰峻にとっても

様々な節目が重なったということで

現住職として修繕施主と

ならせていただこうと考えておりました。

 

そのことについて

先月の会議で触れさせていただいた所

事業の一環として

修繕していただくこととなりました。

 

ということで

現住職としての

何かしらの奉納は

別の形で行いたいと思います。

 

話はガラッと変わりますが

本日は入仏開眼を終えて

午前中は葬儀

午後は法事と

法務が立て込んだ1日でした。

 

よくあることといえば

よくあることなのですが

便壇灌頂の修行や

引越しの影響もあってか

夕方以降になると

体調が優れない日が

続いています。

 

来週も予定がビッシリでして

再来週は秋彼岸ですし

法事も多く予定されています。

 

とにかく

出来る限り休養を

取りながら

事にあたりたいと思います。

 

▼観音堂の扁額(へんがく)

事業の一環で

修繕していただくことになりました。

 

会津斗南藩縁故者供養所が整ってまいりました

普賢院には

会津斗南藩(あいずとなみはん)の

方々の墓石が16基あります。

 

大部分は明治4〜5年に

亡くなられた方々のものです。

 

本堂建替事業の境内整備の一環で

供養所(くようしょ)を

整えることとなっております。

 

根城の番地石材店さんの

丁寧なお仕事により

とても良い具合に

完成してまいりました。

 

 

▼本日は夕焼け空が

とてもきれいでした。

仏像が新本堂に勢揃いしました

本尊像ほか修繕中だったものや

奉納いただいたものを含め

新本堂に全ての仏像が

各祭壇に安置されました。

 

掲げれる予定だった額類も

おおむね掲げていただきました。

 

仮本堂として使用していた会館には

脱活乾漆(だっかつかんしつ)の

薬師如来像が新本尊として祀られ

こちらの空間も

素晴らしいものとなりました。

 

経机や線香立てや

細かな仏具や備品などを

搬入すれば

引越し作業も

とりあえずは一段落

という所まで

来ることが出来ました。

 

堂内の様子などは

後日改めて

ご紹介させていただきます。

 

祖先の地にて修行してまいりました

新潟県柏崎刈羽の善照寺にて

便壇灌頂(かんじょう)という

阿闍梨(あじゃり)となるための

儀式に臨ませていただき

無事に終えてまいりました。

 

刈羽は

普賢院の現住職家である品田家の

祖先の地でもあり

今回修行道場であった善照寺は

祖先と有縁の古刹です。

 

そういったご縁があり

便壇灌頂は善照寺にて

修行させていただきたいと

思い至りました。

 

また

便壇灌頂をきちんと修行することは

先代との約束でもありました。

 

さらにいえば

新しい本堂が完成するという

歴史的な節目であったことも

便壇灌頂に臨もうという思いに

拍車をかけました。

 

色々な思いが重なり

挑ませていただいた

修行でしたが

滞りなく成満(じょうまん)

することが出来

安心しております。

 

それとともに

一層励まなければならないという

心持ちを新たにいたしました。

 

日々を大切にしつつ

精進してまいりたいと思います。

 

八体仏が久しぶりに勢揃いしました

昨日弘前より

お帰りになられた

6体の仏像の開眼供養など

諸作法を仮本堂にて

今朝お勤めした後

仮観音堂にお祀りいたしました。

 

久しぶりに

八体仏(はったいぶつ)全てが

勢揃いしたわけですが

威光倍増し

大変ありがたさが

感じられる雰囲気と

なったように思います。

 

お盆前に

八体仏が再集結したので

お参りの際は

ぜひご参拝下さいませ。

 

修繕を終えた八体仏のお迎えに行ってまいりました

八体仏(はったいぶつ)という

干支の守り本尊の仏像8体のうち

6体の修繕をお願いしていた

弘前の仏師・小堀寛治さんから

仕上がったとのご連絡をいただきまして

弘前へ仏像のお迎えに

行ってまいりました。

 

普賢院の八体仏は

弘化年間(1844〜48)のものです。

 

破損箇所が

とても多いのが

長年気になっていましたが

小堀さんのおかげで

原状をしっかりと留めた

素晴らしい状態にしていただき

心から安心いたしました。

 

▼修繕を終えた仏像

 

▼修繕前の仏像

 

▼仏師の小堀さんと

十和田湖伝説をモチーフにした懸仏

少し前に

ご奉納された懸仏(かけぼとけ)。

 

この懸仏は

拙僧泰峻の弟子である

中野太陽さんの発願を契機に

ご縁が整い

造立・奉納されたものです。

 

本日、懸仏を仮本堂に安置して

太陽さんにご一緒いただき

祈りをお捧げいたしました。

 

その時の様子を

お伝えする動画を用意したので

ご覧いただけると幸いです。

 

祖先の地へ

現在普賢院の寺族(じぞく)

である品田家は

現在の住職泰峻の曽祖父

品田長峻(ちょうしゅん)が

普賢院第61世住職に

任命されたことを端緒とし

現在に至っております。

 

その長峻大和尚の出身地は

現在の新潟県刈羽郡刈羽村です。

 

この刈羽村が

現在の普賢院の寺族である品田家の

祖先の地ということになります。

 

刈羽村には

善照寺(ぜんしょうじ)という

古いお寺があり

そこは真言宗豊山派の

修行道場のひとつでもあり

品田家の菩提寺でもあります。

 

拙僧泰峻の祖先ゆかりのお寺ということで

この善照寺にて便壇灌頂(びんだんかんじょう)

という阿闍梨になる儀式に

臨ませていただくことにいたしました。

 

昨日は

事前の伝授(講習)のため

善照寺へ行ってまいりました。

 

祖先の地にて

有意義な時間を過ごさせていただけたことを

大変うれしく思いました。