各お寺の本尊と呼ばれる尊格(仏様)は
そのお寺の中心となるもので
とても重要な意味を持ちます。
普賢院の場合は
愛染明王が諸仏中において
最も重要な意味が託されています。
真言宗の本尊は大日如来という
色々な意味で
とんでもないスケールの尊格で
諸尊のみならず森羅万象の
本質や本地であると捉えます。
尊格でいえば
愛染明王も不動明王も観音菩薩も
大日如来の応身(おうじん)つまり
お姿のひとつのあり方であり
弁財天や大黒天などの諸天も諸神も
しかりというわけです。
木の幹と枝の関係で例えると
幹が大日如来で
枝が諸尊ともいえます。
こうした考え方は
真言宗でとても重要な曼荼羅(まんだら)を
理解するために欠かせないものです。
根本を同じくしながらも
諸尊はそれぞれ特徴的なお姿をしており
その違いは強調される御教えによるといえます。
根本的な意味を持ちながら
諸尊の差異により
一層躍動的に御教えを示すような
イメージを拙僧は抱いています。
大日如来が宿す御教えは
あらゆる諸尊にも通じている
といった方が分かりやすいかもしれません。
愛染明王には具体的に
どのような御教えが
託されているのかを
前回も引用した文章を
手がかりに見てみたいと思います。
今回は
下記1の赤い部分について
ご紹介いたします。
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梵語羅誐(らぎゃ)は彩色・赤色・情欲等の義なり、故にその愛欲染着(あいよくせんじゃく)の義を取りて愛染王または染愛王という。この尊は愛欲貪染をそのまま浄菩提心とする三昧にして、瑜祇経(ゆぎきょう、金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経のこと)を本軌とす。(中略)衆生の本有倶生(ほんぬぐしょう)の欲染(よくせん)を直に浄菩提心の金剛薩埵(こんごうさった)の染愛三昧の化身とし、これを愛染明王とす。
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また金剛王秘密儀軌にこの尊の真言を説きて金剛王の真言とせり。王に鉤召(こうしょう)の徳ありて海内の民みな王に帰するが如く、愛染よく衆生を鉤召するが故に愛染王と名づけ、金剛王菩薩の化身とす。
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また菩薩の大悲は衆生を愛念したまうこと世間の恩愛の如く、この尊は敬愛の三昧にして、衆生をして仏の妙法を愛着せしめ、煩悩即菩提の理に入らしむ、これ金剛愛菩薩の化身なりとす。
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ただし金剛王菩薩とは、金剛薩埵の異名なるのみならず、薩・王・愛・喜の四菩薩は共に東方大圓鏡智(だいえんきょうち)菩提心門の尊にして体同義別なるが故に、結局本身は金剛薩埵なり、従って金剛薩埵の十七尊を眷属(けんぞく)とすることあり。
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また薩埵(金剛薩埵のこと)即大日の故にこの尊を直ちに大日如来とし、三十七尊を眷属とすることあり。あるいは瑜祇経の大勝金剛心瑜伽成就品第七に愛染王根本一字心明を説けるが故に、大勝金剛は愛染と同体なりとす。覚禅鈔には平等王・咤枳王等の異名を挙ぐれども本拠未審。
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密号を離愛金剛といい、白寳口鈔に離は生死の業因を離れ、愛は菩提の妙果を愛する義にして、離染即愛染なりと釈せり。
『密教大辞典』より引用(※一部ひらがな・簡体字に改めています。一部送りがな・説明を捕捉しています。番号は筆者住職によります。)
改めて赤字にした部分を見てみましょう。
この尊は愛欲貪染をそのまま浄菩提心とする三昧にして
愛染明王の愛は
平たくいえば煩悩を指しており
愛染明王が司る
代表的な御教えは
煩悩即菩提というものです。
誰しも抱く煩悩は
本質的には穢れないものであるという
御教えが託されております。
ただし
この御教えは注意深く捉える必要があり
煩悩がそのまま尊いとしているわけではなく
“本質的に”という部分が大切ですし
仏道において煩悩がどのように捉えられているかを
前提として空(般若の思想)の視点に立って
煩悩即菩提であるとしなければなりません。
愛染明王は
むやみに祀ってはならないとされた尊格で
時代によっては特別な許可や
格式がなければ
お寺の本尊にすることが出来なかった尊格です。
それは
生半可に御教えを解釈すると
危険とされたからでもあります。
論理的に説明するのであれば
多くの説明事項があるので
ここではしませんが
愛染明王には
私たちの生き方を
強く後押ししてくれるような
メッセージが込められています。
真言宗で重要視される経典に
『般若理趣教』というお経があり
その教主は愛染明王ともされ
愛染明王に託された御教えに通じています。
『般若理趣教』は
法事や葬儀でよく唱えられるものですが
かつてはかなり修行を積んだ僧侶でなければ
扱うことが許されなかったお経です。
その理由は
先程と同様で
生半可な状態で取り扱うと
誤った解釈になりかねないためです。
そのため
拙僧も愛染明王や般若理趣教について
お伝えするにあたり
注意しながらご紹介したいと思います。
煩悩即菩提
という御教えが
代表的なものとして
託されているということを
今回のまとめとしまして
また次回につづけたいと思います。
つづく