凄みのある「声」

以前当地の「古代」について

当山の縁起にも触れながら

少しばかり書いたことがあります。

 

▼コチラがその記事です

古代の祈りの痕跡とお寺の起源

 

先の投稿記事にも触れていますが

当地には縄文後期の遺跡が

当山の近くで発掘されています。

 

その遺跡は

喉平(のどひら)遺跡と

いわれるものですが

祭祀に用いられたと見られる

土偶も出土しています。

 

縄文時代後期とは

4000年〜3000年前に

該当する時代区分です。

 

中国でいうと

“伝説”ともされる夏(か)

そして殷(商)の時代です。

 

色々なご縁があり

縄文時代について

学ばせていただく

きっかけがありまして

調べを重ねていくと

とても興味深いことが多く

かなり深いものを

感じさせられます。

 

縄文時代には

確かに当地に住人がいた

ということが明らかであることは

よくよく考えると

凄みのあることだと感じます。

 

その時間の連なりに

今があるという視点でもって

「歴史」を捉えてみることで

見えてくるものも

あるように思います。

 

御詠歌は引き続き休会します

今月から御詠歌(ごえいか)を

再開する予定でしたが

色々考えた結果

引き続き休会することにしました。

 

昨今の状況ですと

御詠歌については

これまで通りの開催は

難しいと考えています。

 

3月以降ずっと休会しているので

当面の間はいっそのこと

御詠歌の教典にそった

法話会という形にして

実際のお唱えはCD等で

ご自宅でお聴きいただく

形式にするなどの対応を

検討しております。

 

御詠歌を通じて

「仏道のこころ」に

触れていただくことを

一番に考えた催事でもあるので

その意義にかなうような

新しい形を模索したいと思います。

 

▼準備万端でしたが…

 

▼撤収しました…

確定的未来を考えてみる

数字から見える確定的未来

2040年になると

全国の自治体の半数近くが

「消滅」の危機にさらされる。

 

河合雅司2017『未来の年表』(講談社現代新書)より

 

今回は

現代に生きる者として

向き合わなければならない

地元の確定的未来について

考えてみたいと思います。

 

普賢院のある

八戸市豊崎町。

 

かつては

七崎(ならさき)と呼ばれ

古い歴史が残る

田園が広がる素敵な地域です。

 

現在は八戸ですが

古くは五戸でした。

 

何年も前から

人口減少や少子高齢化が

叫ばれていますが

実際の所の変化や見通しを

統計や推計を用いて

確認してみたいと思います。

 

目次

  1. 豊崎町の人口の変化

  2. 八戸市の人口の変化

  3. 描きたい「未来」へ

 

1.豊崎町の人口の変化

八戸市HPで公表されている

地区別の人口データのうち

豊崎町の各年4月末日時点のものを

経年比較してみます。

 

和暦(西暦)総人口[M(男性):F(女性)]

として以下のようにまとめられます。

 

  • 平成18年(2006)2,054人[M989:F1,065]
  • 平成23年(2011)1,954人[M929:F1,025]
  • 平成28年(2016)1,757人[M836:F921]
  • 令和2年  (2020)1,599人[M764:F835]

 

減少の要因は

転出や死亡など様々ですが

少子高齢化の影響が

大きいことは

言うまでもありません。

 

次に

同じ要領で

八戸市の総人口について

見ていきましょう。

 

2.八戸市の人口の変化

今度は八戸市の総人口は

次のようになります。

 

  • 平成18年(2006)249,559人
  • 平成23年(2011)241,427人
  • 平成28年(2016)234,774人
  • 令和2年  (2020)226,477人

 

「八戸市人口ビジョン」によれば

推計人口は次のようになります。

 

  • 令和12年(2030)197,421人
  • 令和22年(2040)172,744人
  • 令和32年(2050)147,016人
  • 令和42年(2060)122,031人

 

平成18年4月末日〜令和2年4月末日の

14年間で23,082人の人口減少ですが

推計人口では

減少のスピードが加速し

今後10年で約29,000人の

人口減少が見込まれています。

 

3.描きたい「未来」へ

数字で描かれる

確定的未来。

 

真正面から見つめた上で

どのような「未来」を

描いていくかを

私たちそれぞれが

それぞれの分野で

考えなければなりません。

 

すでに

めまぐるしい

大きな変化の中に

いる私たちですが

このような時こそ

(常に大切なことですが)

「意」(心)について

問われているように思います。

 

仏道の

唯識(ゆいしき)という

考え方では

「意」(心)により

あらゆるものが

生み出されるとされます。

 

皆さんは

どのような「未来」を

思い描きたいですか?

 

「このようにしたい」

「このようになりたい」

という思いもまた

時代を作る上で

求められるものです。

 

思い描きたい「未来」を思い描く

「意」(心)そのものを

ととのえながら

“現実”をしっかり踏まえ

思いを「未来」へはせながら

歩みを進めていく。

 

当山としても

出来ることを重ねながら

「未来」に向けても

思いをはせながら

これからを

過ごしていきたいと思います。

 

柔和な出で立ちの十一面観音像

昨年から

制作して頂いている

十一面観音。

 

本山の長谷寺(奈良県桜井市)と

同形式で作仏を

進めて頂いております。

 

制作を担って頂いているのは

弘前市の仏師・小堀寛治さんです。

 

当山は

現在の本尊は愛染明王ですが

もともとは十一面観音だったとの

いわれがあります。

 

一説には

坂上田村麻呂が

十一面観音を祀った

という伝説も残ります。

 

現在作仏を進めて頂いている

十一面観音と

脇侍(わきじ)の

難陀竜王(なんだりゅうおう)と

雨宝童子(うほうどうじ)が

大分出来てきた様子です。

 

柔和な出で立ちに

あふれんばかりの

慈悲を感じました。

 

十一面観音に託された除疫への願い

当山の本山は

奈良県桜井市の長谷寺(はせでら)です。

 

先日

本山より全国の豊山派寺院に

除疫札(じょえきふだ)

除疫守(じょえきまもり)

が送られました。

 

説明によると

かつて疫病が蔓延した時代

それを鎮めるために

仕立てられたもので

長谷寺に古来より伝わる版木を

基に復刻してお加持(かじ)

したものだそうです。

 

長谷寺の本尊は

十一面観音です。

 

十一面観音は

7世紀末に日本に伝えられ

8世紀になると十一面悔過(けか)

という作法が行われるようになり

広く信仰されるようになった尊格で

古い歴史を持ちます。

 

当山も

もとは十一面観音が

本尊であったと伝えられます。

 

先にご紹介した

御札と御守の袋に掲載されている

説明を再び参照すると

十一面観音には

十種の功徳があり

その第一番目に

離諸疾病(りしょしつびょう)が

謳われているのだそうです。

 

当山では現在

弘前の仏師さんにお願いして

新本堂の本尊脇仏として

お祀りされる十一面観音像を

本山と同じ三尊形式で

彫って頂いております。

 

十一面観音が

もともとの当山本尊との

伝えがあることを踏まえて

作仏をお願いしたのですが

昨今の世界的なウイルス蔓延が

一日も早く平穏な世になるように

との願いも添えて

お祀りさせて頂きたいと思います。

 

普賢院の様々なご縁のあり方

「様々なご縁のあり方」により普賢院は支えられております

「お寺と檀家」という寺檀(じだん)関係に限らず、普賢院では様々な形でご縁をお結び頂いた多くの有縁者により、お寺が護持されてまいりました。現在も檀家の皆様をはじめ多種多様なご縁に彩られていることに心より感謝しております。色とりどりのご縁のお力をお借りしながら、これからの普賢院の歴史を紡がせて頂き、力強く歩みを進めさせて頂きたいと思います。

 

檀家(だんか)

位牌堂に位牌壇をご用意頂いた方を寺院規則上の「檀家」としております。位牌堂の位牌壇にお祀りされる各家位牌は、普賢院にて永代守らせて頂き、諸霊位を永代に渡りご供養させて頂きます。檀家各家には、毎年4000円の運営費・斎米料(ときまいりょう)をお納め頂き、護持運営にお力添え頂いております。

 

信徒(しんと)

檀家以外で普賢院に葬儀、法事、ご祈祷等をご依頼される方は、寺院規則上「信徒」の名称が用いられ、檀家とは区別されます。あくまでも規則上の名称です。仏事の読経や作法において、檀家との差別はありません。

 

おてらサポーター

境内堂内清掃をお手伝い頂ける方を、おてらサポーター(略して「てらさぽ」)として随時募集しております。年に何度か作務(掃き掃除、拭き掃除、仏器磨き)を行います。老若男女問わずどなた様も大歓迎です!

 

御詠歌の会 会員

御詠歌(ごえいか)は五七調の詩、又は三十一文字(みそひともじ)の和歌に節をつけてお唱えします。豊山流(ぶざんりゅう)御詠歌をお伝えしています。毎月2回、1時間半、参加費500円で開催しています。また、年会費として毎年2000円をお納め頂いております。

 

その他

季節の行事や寺子屋ワークショップ等にはどなた様でもご参加頂けます。(催事によってはお申し込みが必要なものがあります。)

 

 

運営費・斎米料(ときまいりょう)について

年会費(運営費・斎米料)として檀家の皆様には年間4,000円をお納め頂き、普賢院の護持運営にご協力頂いております。このうち1,000円は斎米料として普賢院に納められ、3,000円は運営費として普賢院役員の皆様により管理されます。1月1日より12月31日を会計年度とし、会計決算報告書を檀家の皆様には毎年1月にお届けしております。

 

寄付について

寄付のことを勧募(かんぼ)ともいいます。勧募金とは心や「おもい」を託して捧げられる浄財といえます。心や「おもい」を託すことなくしては、仏道としての布施・勧募とはなりません。普賢院では「仏道として」ということを大切に考えておりますので、強制はいたしません。寄付のお願いにあたっては趣意等を事前にお伝えし、ご協力をお願いさせて頂きます。寄付額の多寡に関わらず、お心を込めて頂くことを切にお願いいたします。

 

〜檀信徒をご希望される方へ〜

檀家となられる方は、位牌堂の位牌壇を用意して頂く際に、30万円の御浄財を当山の指定口座にお納め頂いております。位牌壇の大きさは全て同じです。位牌壇に納められる位牌や仏具は各家にて、仏具屋さんにお問い合わせ頂きご用意下さい。当山は檀家のみならず、様々な形で多くの方とご縁を結ばせて頂いております。歴代数多くの有縁の皆様のおかげで、当山は永きに渡り守られ、今に伝えられたものと思います。これからも有縁の皆様と共に歴史を紡いでいきたいと思いますし、有縁の皆様のお心に寄り添えるようなお寺でありたいと願っております。当山とご縁をお結び頂ける方は、お気軽にご連絡下さい。お問い合わせもお気軽にお寄せ下さいませ。

 

▼位牌堂についてはコチラをご参照下さい。

https://fugenin643.com/category/位牌堂について/

 

▼こちらのサイト(まいてら)もご覧下さい♪

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普賢院の行事・活動

祈る・願う 触れる・感じる

仏道とは生き方です。仏道における修行とは、「今」を大切にしながら、しっかりと歩みを進めることともいえます。「今」には「過去」も「未来」も、融通無碍(ゆうずうむげ)にとけあっています。仏道としてのご供養、仏道としてのご祈願、仏道としての精進。「今」と改めてお向き合い頂き、そのひとときにお心を通わせて頂き、お時間をお過ごし頂ければと思います。

 

《普賢院の行事・活動》

①季節の法要

小正月(1月16日)、春秋の彼岸中日、お盆(8月16日)の法要は、各日午後1時より本堂にて執り行われます。先祖の安らかなることを願い、「今」を生きる私達の健やかなることを願います。

 

②護摩(ごま)法要

護摩(ごま)は、古代より伝わる「火の修法」で、願いを清め、その成就を願うものです。心に抱く願いの成就を祈るとともに、その願いを成就させるために歩みを進める志を立てる尊いひとときです。

 

③除夜の鐘

去る年への感謝、来る年への願いを込め、大晦日午後11時半より除夜の鐘が撞かれます。その後、元日午前0時より本堂にて年頭祈祷法要(ねんとうきとうほうよう)が厳修されます。

 

④国際協力の寺 〜寺子屋×国際協力〜

「気軽に、楽しく、和やかに」仏道に触れて頂く寺子屋ワークショップや御詠歌の会を開催しております。当山では自利利他の理念のもと、寺子屋の催事でお納め頂く会費の一部は国際協力活動への寄付にあてております。

 

⑤おてらおやつクラブ

「おそなえ」を「おさがり」として「おすそわけ」する活動です。お寺に捧げられたお供物に通わされた真心が、広く振り廻らされることを願い、普賢院でも取り組ませて頂いております。

 

〜行事等へおいでになる方へ〜

年4回の「季節の法要」(小正月、春秋彼岸中日、お盆)は、檀家でない方もご参列頂けます。菩提寺をお持ちでない方や菩提寺が遠い方も、お気軽にご参列下さい。護摩法要や除夜の鐘・年頭祈祷法要もどなた様でもご参列頂けます。個別に護摩祈祷をご希望の方もお気軽にご相談下さい。寺子屋の各催事の多くは不定期に開催しております。ご興味をお持ちのものがありましたら、是非ご一緒下さいませ。各催事の詳細は普賢院のフェイスブックページやホームページをご参照下さるか、直接ご連絡下さい。

 

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普賢院の見どころ

悠久の歴史と祈り継がれ託されてきた「おもい」

当山は万人の平安を願うお寺として、平安初期に開創されました。以来約1200年もの歴史を誇り、十和田湖伝説や七崎姫伝説などの伝承にも彩られた古刹です。永きに渡り有縁の方々と共に歩み、有縁の方々により守られて参りました。宗祖弘法大師は「今」を生きる者の尊さを説き、生きるものの安寧を願い、万人の心に寄り添われた方です。その御心を受け継ぎ、これからも歩みを進めてまいります。どなた様もお気軽にお参り下さい。

 

《普賢院の主な見どころ》

①本尊・愛染明王(あいぜんみょうおう)

宥瑗(ゆうえん)により奉納(文化7年(1810))

 

②七崎観音(ならさきかんのん)【秘仏】

糠部三十三観音霊場15番札所の観音様、年1度御開帳

 

③南祖法師(なんそほっし)尊像

十和田湖伝説の南祖坊(なんそのぼう)の御像

 

④“青森円空(えんくう)”の彫った千手観音坐像

奇峯学秀(きほうがくしゅう)御作の観音像

 

⑤会津斗南藩(となみはん)の墓石

斗南藩の方々の墓石16基は激動の歴史を今に伝えます

 

⑥お寺から真東にのびるメインロード

豊かな土と伝説のふるさと豊崎町の歴史を感じる風景

 

《普賢院の主な施設・設備》

①本堂

祈り継がれ祈り込まれてきた最も神聖な空間です

 

②観音堂

七崎観音はじめ多くの尊格が祀られます

 

③位牌堂(いはいどう)

当山歴代先師と檀家各家の位牌が祀られます

 

④客殿(きゃくでん)

通夜、会食、会議、寺子屋など多目的に使用されます

 

⑤鐘楼堂(しょうろうどう)

先祖の安寧、世の平和への願いが託されております

 

⑥ハナレ

憩い・集い・学びの場として多目的に使用出来ます

 

《歴史》

いにしえよりの“おもい”つぐ古刹(こさつ)

弘仁初期(810年頃)に圓鏡(えんきょう)上人により開創され、承安元年(1171)に行海(ぎょうかい)上人により開基されたお寺です。鎌倉〜江戸時代初期までは永福寺という寺号が用いられていました。

 

「稀代(きだい)の古刹(こさつ)」と謳(うた)われた七崎観音(ならさきかんのん)

七崎観音(ならさきかんのん)は旧観音堂(寺号・徳楽寺、現在の七崎神社)本尊で、明治になり遷座されました。現在の聖観音像は南部氏29代・藩主南部重信公が貞享4年(1687)4月に奉納されたものです。

 

十和田湖龍神伝説 南祖坊修行のお寺

南祖坊(なんそのぼう)は当山2世・月法律師(がっぽうりっし)に弟子入りし、全国の霊山霊跡を巡った果てに十和田湖に結縁入定して、青龍権現(せいりゅうごんげん)という十和田湖の龍神になったと伝えられます。

 

飢饉を乗り越えての中興開山

飢饉により当地域も当山も疲弊していた所、快傅(かいでん)上人のご尽力により、享保年間(1716〜1736)に当山は中興されました。

 

 

〜お参りの方へ〜

本堂や位牌堂へはいつでもお参り頂けますが、葬儀等仏事中の本堂へのお参りはご遠慮願います。お寺にご用の方は、本堂右手の庫裏にお声がけ下さい。御朱印や授与品をお求めの方も、本堂右手の庫裏にお声がけ下さい。御朱印は本尊、七崎観音、南祖坊など幾つか種類がございます。書き手がいる場合は御朱印帳にしたためますが、不在時はあらかじめ墨書されたものをお渡しいたします。本堂内の観音堂前に、糠部三十三霊場のスタンプ式御朱印が置いてありますので、入用の方はお使い下さい。御朱印代は定めておりませんので、お気持ちの程をお納め下さい。ご希望があればお寺をご案内いたしますので、お気軽にご相談下さい。

 

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普賢院のお坊さん・スタッフ紹介

普賢院のお坊さん・スタッフ紹介

品田泰永(しなだ たいえい)

普賢院第64世住職。昭和24年生まれ。大学時代は梵文学(ぼんぶんがく)を専攻し、博士課程まで進み研究を重ねる。傅燈大阿闍梨(でんとうだいあじゃり)。地域のこと、歴史のなど多くのことに明るいまさに「生き字引」。

 

品田泰峻(しなだ たいしゅん)

副住職。昭和58年生まれ。大学では人類学を専攻。卒業後に宗門(しゅうもん)大学編入、平成21年3月卒業。東京の寺院へ奉職後、平成23年に普賢院へ帰山(きざん)。豊山流大師講詠秀(ぶざんりゅうだいしこうえいしゅう)。真言宗豊山派総合研究院現代教化研究所研究員。

 

品田千賀子(しなだ ちかこ)

住職妻。昭和28年生まれ。長くピアノ講師を勤める。ハンドベル、シャンソン、賛美歌と幅広く音楽活動を行う。青森県声楽研究会所属。ボイストレーニング講師。民生委員。

 

品田充恵(しなだ みちえ)

副住職妻。昭和57年生まれ。大学時代はバックパッカーで30カ国以上を訪れる。イギリスの大学院卒業後は、アーユス仏教国際協力ネットワークに就職し平成23年まで勤める。現在も普賢院から様々な情報を発信中。

 

中野太陽(なかの たいよう)

昭和55年生まれ。令和2年より普賢院の“お弟子さん”となり、同年3月25日に大本山護国寺(東京)にて得度(とくど、出家のこと)。全国の寺社仏閣をめぐるお遍路ニスト、ストイックに体を鍛える“元ボディービルダー”といった一面を持つ、心優しき修行僧。

 

レン

六ケ所村の山で平成28年7月に生まれる。保護され里親を探していた所、ご縁が整い普賢院で暮らすことに。布団や毛布の上で寝るのが大好き。来客には必ず吠えてご挨拶をする、人見知りなイケメン犬。

 

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稀代の古刹 七崎観音⑭

このタイトルでの投稿は

気がつけば一年以上ぶりです。

 

殊に本年に入ってからは

現本堂解体に向けた準備にも

追われていまして

相変わらずバタバタと

過ごしております。

 

本堂解体に向けた準備作業には

仏具や所蔵品の整理も含まれており

作業を進めていると

次々と貴重なものが出てきたり

新たな視座を得たりということもあり

良い功徳を頂戴しながら

歴史的大事業を進めさせて頂いております。

 

当山は

菩提寺という性格に加え

これまで祈願寺という性格が

色濃いお寺でもあったので

古い祈祷の御札や版木が

所蔵されています。

 

今回は

当山の歴史について

興味深い文言が刻されてた

正(聖)観音の古い版木を

ご紹介いたします。

 

まずは写真をご覧ください。

 

▼正(聖)観音の版木・全体像

 

▼同版木・下部

写真だと見にくいですが

七嵜山 普賢院」と刻されています。

※「嵜」は「崎」の異体字。

※以下、「崎」で記させて頂きます。

 

当山は

平安初期(弘仁初期頃)に

圓鏡(えんきょう)上人が開創され

承安元年(1171)に

行海(ぎょうかい)上人が開基され

享保年間(1716〜1736)に

快傅(かいでん)上人が中興されました。

 

鎌倉時代〜江戸時代初期は

永福寺(えいふくじ)の寺号(じごう)が

用いられております。

 

現在の観音堂の中尊として

祀られる聖観音(しょうかんのん)は

七崎観音(ならさきかんのん)と

通称されており

その起源もまた平安時代に

遡るとされます。

 

当山は

永福寺時代も含め

現在に至るまで

七崎観音の別当を勤めております。

 

現在の七崎観音の仏像は

南部29代・重信公が

貞享4年(1687)に

奉納されたものです。

 

七崎観音は

明治時代に至るまでは

現在の七崎神社の地に建立されていた

観音堂に祀られていました。

 

その観音堂は

七崎観音堂(ならさきかんのんどう)と

呼ばれており

徳楽寺(とくらくじ)という

寺号(じごう)が用いられていました。

 

明治になり発令された

神仏分離令により

徳楽寺は廃寺となり

跡地には七崎神社が建立されました。

 

徳楽寺の廃寺に伴い

七崎観音は現在の場所に

遷座(せんざ)されました。

 

徳楽寺は

七崎山(ならさきさん)という

山号(さんごう)が用いられ

七崎山徳楽寺という寺院名が

まかり通っていたというのが

一応の「定説」でした。

 

しかし

今回紹介させて頂いている

古い版木が示している

「七崎山普賢院」という

山号と院号は

「定説」以外の可能性を

宿したものとも捉えられますし

当ブログで重ねてきた考察や仮説に

幾つかの具体的イメージを

与えうるものでもあると感じます。

 

現在において

必ずしもそうではありませんが

寺院名は山号・院号・寺号で

ワンセットなので

単に

七崎山普賢院徳楽寺という形で

徳楽寺の院号として

普賢院の御名が

用いられていた

とも考えられます。

 

あるいは

江戸初期に

幕政・藩政における

本末関係の組織化が

図られるにあたり

本坊永福寺自坊として

改めて「編成」される際

山号が七崎山から

仏道的な意味合いも濃い

宝照山になったという

推測もありえるかと感じます。

 

今回ご紹介した古い版木は

七崎山という山号をめぐり

沢山の可能性を示唆するものとして

とても興味深いものといえるでしょう。