除夜の鐘&年頭祈祷のご案内

12/31は午後11時半から

除夜の鐘をつきます。

 

本年も拙僧(副住職)が

108回つかせていただきます。

 

その後は

どなた様でも

おつきいただけます。

 

おつきになられる際は

おひとり2回ついて下さい。

 

元日午前零時からは

仮本堂で年頭祈祷(ねんとうきとう)の

法要をいたします。

 

年頭祈祷札(ねんとうきとうふだ)や

七崎観音(ならさきかんのん)の

お守りとお札も

年頭祈祷法要でお加持します。

 

南祖法師(なんそほっし)の

紙札も用意したので

こちたも年頭祈祷法要で

お加持いたします。

 

授与品入用の方は

法要後お声がけ下さい。

 

また

元日の御朱印は

書き置きでの対応と

させていただきます。

 

元日の御朱印として

丑年の守り本尊である

虚空蔵菩薩の御朱印を

用意しますので

入用の方はお声がけ下さい。

 

年末年始の詳細は

まだ詰めきれていない

部分も多いので

また改めて

お知らせいたします。

 

 

▼元日の御朱印(書き置き、数に限りあり)

虚空蔵菩薩を金字で書いてみました。

 

▼南祖法師紙札

異例づくしの年越しにむけて

どうやら明日は

雪が降るようです。

 

お弟子さんにお願いして

鐘楼堂横のお地蔵さまの

お身拭いを

法事中にしていただきました。

 

親しくさせていただいている

葬儀屋さんにお願いしていた笠も

午後に届いたので

早速お地蔵さまに

かぶっていただきました。

 

これで雪が降っても安心です。

 

澄んだ冬の青空は

ながめていて

気持ちが良いものです。

 

西日の関係で

境内の木々が

青空を背景に

まるで影絵のごとく

目にうつります。

 

この木々の多くは

年が明けると

剪定あるいは伐採されます。

 

“根こそぎ”というわけでは

ありませんが

眼前の景色は

大きく変わるかと思います。

 

木々を倒す前には

必ず伐採木のご供養が

行われるのですが

謹んでお勤めさせていただきます。

 

さて

二十日後は

すでに年が明けているわけですが

年を越すための準備は

これからが本番です。

 

いろいろな意味で

異例づくしの年越しとなります。

 

工夫しながら

出来る形で

令和三年を迎えたいと思います。

 

 

本日からお寺イルミネーション2020

ご奉納いただいた

イルミネーションを境内に飾り

いろとりどりの光を“献灯”する

お寺イルミネーション。

 

昨年に続き

本年も本日よりスタートです。

 

旧本堂が解体されて以降

日没後の境内は

真っ暗だったので

イルミネーションの光が

一段とまばゆく感じられます。

 

このイルミネーションは

地域医療に貢献された

五戸総合病院の医師

故・田口順先生の

奥様により

当山に納められたものです。

 

12/11は田口先生の

ご命日ということもあり

本日からの開催としました。

 

田口先生は

子どもたちのために

地域を明るく照らしたい

との思いから

上市川のご自宅を

毎年沢山のイルミネーションで

飾られていらっしゃいました。

 

思いや思い出が込められた

イルミネーションの

やさしく鮮やかな光が

境内を彩っておりますので

お近くにおいでの際は

ぜひご覧下さいませ。

 

一年前の歴史的な合同祈祷

昨年の12/9は

十和田神社・普賢院の合同祈祷が

十和田神社にて行われました。

 

この時は

南祖坊(なんそのぼう)の

御像(おぞう)である

南祖法師尊像(なんそほっしそんぞう)

を十和田湖に

出開帳(でがいちょう)しました。

 

神仏習合の合同祈祷では

新本堂を建立する前に

行われる地鎮式(じちんしき)で

用いられる水を

お加持(かじ)

させていただきました。

 

十和田神社と十和田湖の皆様に

ご協力いただいて実現した

歴史的かつ素晴らしい

ひとときだったと

感謝しております。

 

本年の状況だと

実施することは

出来なかったと思うと

昨年の尊いひとときの

ありがたさが

一層感じられます。

 

忘れじの人々と

「これまで通り」に行うことが

出来きないことが多かった令和2年。

 

お寺の行事や

葬儀や法事も

例外ではありません。

 

最期のお別れを

したくても出来ないというのは

残酷な側面があると感じました。

 

本年は葬儀や法事に

かけつけたくても

かけつけることが

叶わなかった方は

大勢いらっしゃいました。

 

そのような方の分まで

思いが届けられるようにとの

願いをいつも以上に強く

心に抱いて儀式に

臨ませていただいております。

 

儀式における

諸々の作法や設えには

意味が通わされており

その空間そのものが

今を生きる我々に対しての

“みおしえ”となります。

 

真言宗では

お弔いにおいて

引導作法(いんどうさほう)という

お作法を通じて

仏弟子(ぶつでし)としての

お名前である戒名がお授けされます。

 

当山では

主に火葬前に行われる出棺供養の

次第中に引導作法を行わせていただき

真言宗において

仏弟子に授けられる

印言(いんごん)とともに

戒名をお渡ししております。

 

戒名が授けられたから

「仏となる」のではなく

命のお歩みそのものが

すでに“仏”としての

お歩みであったという点が

真言宗では

大切な部分といえます。

 

戒名は

仏弟子の証である

戒律を授かった者の名です。

 

戒律とは

仏道の“みおしえ”の一つの形であり

“みおしえ”そのものと

いうことも出来ます。

 

なので戒名は

法名(ほうみょう)ともいわれ

“みおしえ”そのものでもあります。

 

これまで記したものは

全体の一部ではありますが

“みおしえ”を紐解いて

自身の歩みの糧として

各自の日々を励んでいくことが

「仏道における供養」といえます。

 

本年も「忘れじの人々」の

お弔いが多くありました。

 

ウイルスへの不安が

世界を覆っている昨今だからこそ

ひとつひとつの意味合いと

丁寧に向き合い直して

有縁の「忘れじの人々」

お一人お一人と

謹んで向き合わせていただいた

一年だったと思います。

 

成道の日

12/8はお釈迦様が

悟りを開かれた

尊い日とされます。

 

この日は多くのお寺で

成道会(じょうどうえ)という

法要が執り行われます。

 

成道とは

悟りを開くことです。

 

お釈迦様が

悟りを開かれる場面は

降魔成道(ごうまじょうどう)

という言葉であらわされます。

 

仏典には

悟りを妨げようとする

様々なものを鎮めて

悟りにいたった様子が

描かれております。

 

本年の12/8は

雨が降る時間帯もありましたが

青空が広がりました。

 

みぞれが混じったような

雨模様が一転して

青空が広がった本日の天候は

降魔成道の場面に

重なっていたように思います。

 

お釈迦様は

80歳で入滅したとされます。

 

仏典では

お釈迦様の次のブッダとして

弥勒菩薩が下生(げしょう)するのは

56億7千万年後であり

それまでの間は

お地蔵様があらゆる衆生を

救うとされます。

 

お地蔵さまの姿は

僧形(そうぎょう)といって

僧侶の姿をしており

修行に励みながら

衆生を救うことをあらわします。

 

まさに自利と利他。

 

弘法大師空海が

唐から帰朝した後

朝廷に献上した

『御請来目録』(ごしょうらいもくろく)

という書籍の中で

お釈迦様の教えを一言でいうなら

自利利他であると

述べられています。

 

自利利他は

実践とともにある言葉です。

 

自利利他の精神で励むべしと

誓いをあらたにした

成道会の一日でした。

 

七五調の魅力

御詠歌(ごえいか)は

大和言葉(やまとことば)で

つづられた詩(歌詞)に

節をつけてお唱えされます。

 

五七五七七の

三十一文字(みそひともじ)の

和歌でお唱えするものを

詠歌(えいか)といいます。

 

七五調の詩で

お唱えするものを

和讃(わさん)といいます。

 

七五調というのは

「七文字と五文字」で

歌詞が編まれていて

2行で一節のものと

4行で一節にものがあります。

 

一般の歌謡で

一番の歌詞、二番の歌詞と

いいますが

御詠歌では

一節、二節といいます。

 

和讃の話に戻りますが

具体例として

釈迦如来成道和讃

(しゃかにょらいじょうどうわさん)

の一節を引用してみます。

 

清き流れの

尼連禅河(にれんぜんが)に

六年苦行の

身をすすぎ

やさし乙女の

ささげける

乳味の供養

うけましつ

 

字余りも含め

基本的に七文字・五文字の

テンポで歌われています。

 

御詠歌をお唱えする際は

これらの文字に節をつけ

鈴(れい)と鉦(しょう)の

鳴物も用いてお唱えするのですが

“素読”で読むことにも

ご功徳があるとされます。

 

素読で読んでみると

際立って感じられるのですが

七五調はテンポが

とても良いものです。

 

万葉の昔から

日本には和歌や詩の

伝統があるわけですが

七五調であったり

五七五七七の三十一文字という

「型」には奥深い

魅力があると感じます。

 

このような話題に

なぜ触れているかというと

数年前から取り組んでいる

当山に関する和讃・詠歌を

こしらえるにあたって

その魅力をあらためて

感じているからです。

 

七五調の和讃は

これまでの歴史や伝統

後世に託したい思いなどなど

多くのことを踏まえたうえで

ある意味“ダイジェスト”として

紡がれるわけですが

端的な内容で

さらにテンポが良いとくれば

とても有意義だと思うのです。

 

御詠歌の

端的かつ味わい深い歌詞の

魅力を改めて

確認させていただいたので

今後は「詩」そのものの

魅力についても

お伝え出来ればと考えています。

 

お寺イルミネーション2020のご案内

昨年より

12月中頃〜翌年1月初頭に

お寺イルミネーションを

開催しております。

 

この取組は

地域医療に貢献された

故・田口順先生の奥様より

イルミネーションを

ご寄贈頂いたご縁で

始めたものです。

 

田口先生については

以前紹介させて頂いておりますので

こちらのページをご参照下さい▼

https://fugenin643.com/blog/%e3%81%8a%e5%af%ba%e3%82%a4%e3%83%aa%e3%83%a5%e3%83%9f%e3%83%8d%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3/

 

本年は

田口先生のご命日である

12月11日から

点灯させて頂きます。

 

この“灯明”は

祈りの光でもあります。

 

世界の平安の願いを込め

期間中は点灯いたします。

 

悩ましい木々伐採

普賢院の旧本堂は解体され

跡地は更地になっています。

 

来年予定される

大掛かりな工事として

まず行われるのは

境内の木々伐採と剪定です。

 

手を入れる木々は

50本にものぼります。

 

どこまで手を入れるかで

悩ましいのが

東側にそびえる杉2本と銀杏です。

 

どのようにすればよいかについて

役員の皆様に

「ご意見お伺い」として

お聞きしている所です。

 

普賢院のシンボル的な木々ですが

昨今の気象の変化を踏まえると

心配な部分ありまして

悩まされております。

 

実際に数年前

近所の神社で

強風により同規模の杉が倒れ

民家と鳥居が

一部破壊されているので

先々のことを考えると

倒したほうが良いのでは

ということなのですが

だからといって

簡単には決められません。

 

役員の皆様の

ご意見を踏まえて

熟考したうえで

下された判断が

なすべき対処と捉えたいと思います。

 

御詠歌を納めさせていただきます

御詠歌(ごえいか)とは

平易な言葉である

大和言葉(やまとことば)で

つづられた詩(うた)に

節をつけてお唱えする

いわば仏讃歌です。

 

拙僧(副住職)は

御詠歌をお伝えする

詠秀(えいしゅう)という

役をいただいており

普賢院でも

「御詠歌の会」を10年前から

開催してまいりました。

 

しかし本年3月以降

御詠歌の会は休止状態です。

 

現在では

寺子屋ワークショップとして

写経カフェやお寺ヨガなど

様々な催事があり

大分定着してきましたが

拙僧(副住職)にとって

“諸活動の原点”ともいうべき催しは

御詠歌です。

 

拙僧(副住職)にとって

御詠歌はとても大切なものです。

 

少し前置きが長くなりましたが

御詠歌を始めた頃から

普賢院の御詠歌を作りたいとの

思いがありました。

 

当山においては

歴史的な出来事であったり

様々な発見が相次いでおり

令和3年は開基850年という

メモリヤルイヤーでもあります。

 

このような節目に

拙僧(副住職)が出来る形で

思いを託させていただこうと思い

宝照山普賢院和讃・御詠歌とともに

この数年でご縁を深めさせていただいた

南祖法師(なんそほっし)の御詠歌

南祖法師和讃・御詠歌を

あませていただいております。

 

詩も節も大方固まっているので

あとは習得させていただいた後

正式に当山に

奉納させていただきたいと思います。

 

 

▼明け方の月を西にのぞむ