辰子姫のお話〜秋田 田沢湖伝説〜

当山は十和田湖伝説と

ゆかりのあるお寺です。

 

十和田湖伝説では

南祖坊(なんそのぼう)が

湖の主であった八郎太郎との

戦いに”勝利”して

青龍大権現(せいりゅうだいごんげん)

として十和田湖の主となります。

 

十和田湖、八郎潟、田沢湖に

まつわる伝説を三湖伝説

といいます。

 

先日、秋田県仙北の

田沢湖を訪ねました。

 

田沢湖は日本一深い湖です。

 

田沢湖の主とされる

辰子姫(たつこひめ)は

八郎太郎の恋人とされます。

 

伝説では辰子姫も龍となり

田沢湖を司るとされます。

 

三湖伝説は龍神の

物語ではありますが

人の心の本質をついた

仏教説話の如くの側面がある

奥深い物語です。

 

▼辰子姫伝説

http://www.city.semboku.akita.jp/sightseeing/spot/tatsukodensetsu.html

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古い祈りの形を伝える金峯山寺

奈良県吉野の名刹

金峯山寺(きんぷせんじ)。

 

こちらのお寺は

修験本宗(しゅげんほんしゅう)

総本山です。

 

京都に赴いた際

立ち寄らせて頂きました。

 

修験道(しゅげんどう)や

山伏(やまぶし)という言葉を

多くの方が聞いたことが

あるかと思います。

 

細かなことはさておき

東北の信仰を考える上で

修験道は非常に大切な要素です。

 

金峯山寺は

古くからの

祈りと実践の形を

今に伝える古刹です。

 

吉野は熊野に通じる山で

古くから霊験あらたかな

聖地とされます。

 

金峯山寺の本尊は

金剛蔵王大権現

(こんごうざおうだいごんげん)

という尊格で

高さ10メートル近くの仏像が

3体並んでお祀りされます。

 

蔵王権現は

全国各地で祀られる程

“知名度”の高い尊格です。

 

その形相は

明王の如くの忿怒形で

迫力満点です。

 

権現(ごんげん)とは

「仮のお姿」という意味で

「まことのお姿」のことを

本地(ほんじ)といいます。

 

本堂に祀られる3体は

仏が仮の姿を以て

力強いメッセージを

担っております。

 

中央の本地が釈迦如来

右側の本地が千手観音

左側の本地が弥勒菩薩。

 

またそれぞれに

過去、現在、未来の

三世(さんぜ)の

意味もあるそうです。

 

これらの考え方は

東北の信仰を紐解く上で

とても大切なものです。

 

当山は

湯殿山(ゆどのさん)と

ゆかりあるお寺でもあります。

 

また

当山にて修行したとされる

十和田湖伝説の

南祖坊(なんそのぼう)は

修験者として描かれます。

 

金峯山寺を始め

今に伝えられる所の

修験道の”伝統”は

古の姿を浮かび上がらせる上で

大きな手がかりとなります。

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▼金峯山寺HP

http://www.kinpusen.or.jp/zao/index.html

 

南祖坊伝説の色々

当山は

十和田湖伝説と関わるお寺です。

 

南祖坊(なんそのぼう)という

1人の僧侶が湖の主であった

八郎太郎に変わり

青龍大権現

(せいりゅうだいごんげん)

という神として

新たな主となる。

 

それが十和田湖伝説の

大まかなストーリーです。

 

当山は

南祖坊(なんそのぼう)が

幼少期から青年期にかけて

修行したお寺だと伝えられます。

 

この伝説には典拠となる

書物が幾つか存在します。

 

当山には

『十和田山神教記』

写本が伝えられております。

 

十和田湖伝説は

写本によって内容が

異なります。

 

主役である南祖坊の名前も

書物によって

異なっております。

 

八戸近辺で

十和田湖伝説について

よく参考にされる

書物として

『十和田由来記』

『十和田記』

『十和田山神教記』

の3つが挙げられます。

 

この3つが伝える

伝説の違いは沢山ありますが

分かりやすい例として

南祖坊の名前について

ご紹介します。

 

南祖坊には幼名と僧名があり

『十和田由来記』では

【幼名】熊之進【僧名】南宗坊

『十和田記』では

【幼名】善正【僧名】南祖坊

『十和田山神教記』では

【幼名】南祖丸【僧名】南祖法師

というように

それぞれの書物により

記載が全く異なっております。

 

当山には南祖坊の御像が

観音堂に安置されますが

『十和田山神教記』と同じく

「南祖法師(なんそほっし)」

の御名でお祀りしております。

 

▼十和田湖南祖坊伝説について

https://fugenin643.com/category/ふげんいん探訪/十和田湖南祖坊について/

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“威光倍増”南祖法師(なんそほっし)

南祖法師(なんそほっし)尊像の

須弥壇(しゅみだん)を

ご奉納頂きました。

 

須弥壇(しゅみだん)とは

仏像などを安置する際に

お足下に設えられる

壇のことです。

 

(有)五戸木工の

中野久男(なかの ひさお)様に

とても素晴らしいものを

作っていただきました。

 

おかげさまをもちまして

南祖法師尊像が

より厳かに

お祀りされました。

 

中野久男様

誠にありがとうございました。

 

南祖法師(なんそほっし)とは

十和田湖伝説に登場する

南祖坊(なんそのぼう)のことです。

 

法師とは

仏道にたけた方への尊称です。

 

南祖法師尊像への

“祈りの空間”が

徐々に整えられて

参りました。

 

南祖坊の伝説や

お寺の歴史は

後世に伝えるべき

地域の財産です。

 

本年8月に“発見”されるまで

長らくの間

南祖法師尊像は

お地蔵様であるとされ

お祀りされておりました。

 

平成28年8月に

しばらくの時を経て

“再び”お祀りされた

南祖法師尊像は

今の世に

そして後の世に

歴史と伝説を伝える

尊い御像です。

 

お寺にお運びの際は

是非お参り頂き

ご縁をお結び頂ければ

と思います。

 

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南祖坊ゆかりの地〜十和田神社〜

現在の十和田神社の草創には

2つのいわれがあります。

 

1つは坂上田村麿公による

創建であるという説。

 

もう1つは南祖坊(なんそのぼう)が

創建したという説です。

 

南祖坊は

十和田湖伝説に登場する僧侶で

当山にて修行されたと伝えらます。

 

十和田神社の境内は

実に緑豊かです。

 

十和田湖観光での

スポットの1つでもあるので

歩道が整えられているものの

かつて多くの修験者(しゅげんしゃ)が

修行に励まれていた場所である

ということを納得させられます。

 

本年夏に

当山にて南祖坊の御像が

南祖法師(なんそほっし)尊像として

改めて祀られたことにちなみ

十和田神社を訪れました。

 

十和田神社では

要所要所で

南祖坊の伝説に

触れることが出来ます。

 

十和田神社の本殿脇には

熊野権現社が鎮座しております。

 

熊野権現が南祖坊に

「鉄のわらじ」を授けた

という伝説の一幕にちなみ

熊野権現社には

わらじが奉納されております。

 

十和田神社の本殿から

登山道をしばらく進むと

南祖坊の石像が祀られる南祖堂に

たどり着きます。

 

すぐそばには

青龍大権現堂(せいりゅうだいごんげんどう)も

建てられております。

 

青龍大権現とは

“十和田湖の主神”としての

南祖坊です。

 

今では立入り禁止ですが

その場所から

ハシゴを下ると

占場(うらないば)

という場所があります。

 

この場所が

南祖坊の入定(にゅうじょう)の地

であると伝えられます。

 

伝説によると

南祖坊は

この場所に身を沈め

青龍大権現として

十和田湖の主となったとされます。

 

十和田湖伝説は

今に伝えられる

壮大な物語です。

 

仏教説話としても

捉えられる物語でもあります。

 

語り継がれる尊い物語を

当山でも

後世に伝えていければと思います。

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南祖法師(なんそほっし)尊像

南祖法師(なんそほっし)とは

南祖坊(なんそのぼう)のことです。

 

法師とは

仏道に長けた方への尊称です。

 

南祖坊(なんそのぼう)は

十和田湖伝説に登場する僧侶で

当山にて修行したとされます。

 

その南祖坊の御尊像が

当山にてお祀りされていた

ということが

本年8月初旬に“発見”されました。

 

これまで数十年間

お地蔵様と“勘違い”され

観音堂脇の八体仏(はったいぶつ)と

共に安置されておりました。

 

副住職が仏像の

御身拭い(おみぬぐい)がてら

尊容(そんよう)を観察した際

お地蔵様ではないことが判明したのです。

 

頭に頭襟(ときん)を戴くなど

修験者(しゅげんしゃ)の

装束(しょうぞく)を

まとったお姿の御像です。

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当山の歴史を踏まえ検証した結果

これは南祖坊であるという

結論に至りました。

 

いつの時代に作られたものかは

定かではありませんが

中々の古さであろうと思われます。

 

また

ご縁がありまして

(株)山村総本店の

社長であられる

山村雅雄様ご夫妻に

厨子(ずし)を御奉納頂きました。

 

山村ご夫妻には

衷心より感謝申し上げます。

 

この御像は

「南祖法師(なんそほっし)尊像」として

改めて当山観音堂にて

お祀りされております。

 

当山にお越しの際は

どうぞお参り下さいませ。

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南祖坊 生誕の地

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糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第16番札所である

斗賀 霊現堂(とが りょうげんどう)

 

明治まではお寺でしたが

現在は斗賀神社という

神社となっております。

 

十和田湖伝説に登場する

南祖坊(なんそのぼう)

こちらで生まれたとされます。

 

斗賀神社の裏手には

十和田神社があり

南祖坊が祀られております。

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法量のイチョウ

十和田湖伝説に登場する

南祖坊(なんそのぼう)は

当山にて

修行されたと伝えられます。

 

十和田市には

「法量(ほうりょう)のイチョウ」

という国の天然記念物の巨木があります。

 

樹齢1100年とも伝えられる

法量のイチョウは

南祖坊が手植えしたとされます。

 

力強くそびえるイチョウに

“伝説のロマン”が

感じられます。

 

▼青森県観光情報サイト

http://www.aptinet.jp/Detail_display_00002568.html

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今に伝えられる南祖坊伝説

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青森県の

景勝地のひとつ

十和田湖。

 

十和田湖には

伝説が伝えられます。

 

十和田湖伝説に登場する

南祖坊(なんそのぼう)は

幼少期に当山にて

修行されたとされます。

 

南祖坊は

青龍大権現(せいりゅうだいごんげん)

という名の神仏として

十和田神社の奥の院に

お祀りされております。

 

当山はかつて

永福寺(えいふくじ)というお寺でした。

 

南部氏が拠点を盛岡に移す際

永福寺も盛岡に改められました。

 

永福寺は現在も盛岡にございます。

永福寺にも南祖坊の碑が建立されております。

 

石碑正面に

「十和田山青龍大権現」

と刻まれております。

 

両側面には

「十和田山南祖坊大菩薩」

「十和田山観世音菩薩」

と刻まれております。

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▼十和田神社について

http://towadako.or.jp/rekishi-densetsu/towada-jinja/

▼十和田湖伝説について(紙芝居動画)

http://towadako.or.jp/rekishi-densetsu/towadako-densetsu/

 

南祖坊修行のお寺

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当山には

南祖坊伝説が

伝えられます。

 

南祖坊(なんそのぼう)とは

十和田湖伝説に

登場する僧侶です。

 

当山には

『十和田山神教記(とわださん じんきょうき)』

という書物の写本がございます。

 

その他にも

伝説が記される書物がいくつかあり

一説によれば

南祖坊(なんそのぼう)は

当山の月体(がったい)和尚の下で

修行されたとされます。

 

“七日七晩の死闘”の末

十和田湖の主であった

八郎太郎に代わり

十和田湖の主となったとも伝えられます。

 

南祖坊は今もなお

青龍大権現(せいりゅうだいごんげん)として

多くの方に親しまれております。

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