位牌堂でのお勤めの様子を紹介いたします

普賢院の

ふれあい豊山館2階は

位牌堂になっており

こちらには

歴代住職や歴代檀信徒の

お位牌などが主に祀られています。

 

各家ごとの位牌壇は

当山では全て同じ大きさです。

 

寺院規則上

普賢院の「檀家」は

位牌堂に位牌壇がある方を

正式には指しております。

 

時代の変化とともに

檀家さんのあり方にも

様々な変化が見られるため

一概には言えませんが

規則上は位牌壇の有無が

関係しています。

 

檀家になるにはどうすれば良いか

ご質問いただくことも多いため

以前そのことについて

まとめたことがあるので

詳しくは以下のリンクを

ご参照下さい▼

位牌堂と「普賢院の檀家」について

 

見方を変えて言うならば

普賢院でのご供養において

最も重視されているのは

位牌供養であるともいえます。

 

元日に位牌堂の中央祭壇にて

ご供養のお勤めを

行わせていただきました。

 

ここ数年は

現住職がひとりでお勤めしていましたが

今回はお弟子さんにもご一緒いただき

新年にあたっての祈りを

お捧げいたしました。

 

こういったお勤めは

一般参列者を伴う行事ではなく

内々に行うものなので

ご存じない方が多いと思いますが

このような形で

お勤めしているということを

認知していただくことが

有縁の皆様のご供養における

お心の運び方にとって良いのでは

とのアドバイスがあったので

本年の様子を映像で

お伝えすることにいたしました。

 

確かに

内々で行っていたとしても

行っていること自体をも

内密にする必要はないですし

その様子をご覧いただくことで

ある意味ご安心いただけるとの

お考えも納得のいくものだったので

前向きに捉えて

映像を編集いたしました。

 

このような形で

位牌堂のお勤めが

節目節目に行われているということを

ご認知いただくとともに

有縁の皆様には

ご供養のお心を

お運びいただければと思います。

 

合葬墓や永代供養のご相談が増えております

ここ最近

合葬墓や永代供養の

ご相談が相次ぎました。

 

当山の合葬墓は

新本堂完成の頃にあわせ

建立される予定でして

現時点では基礎までが

完成しております。

 

合葬墓の使用の際に

お納めいただく勧進額も

一応目処をたてておりまして

現時点までに

ご相談いただいた方には

その旨お伝えしております。

 

ご使用にあたっては

当山護持への理念や方針に

ご賛同いただけることを

ひとつの条件と

させていただきたいと

考えております。

 

当山では

ご供養において「丁寧さ」を

とても重んじてまいりましたし

これからも大切にしたいと思います。

 

当山でいうところの

“丁寧なご供養”には

何を準備していただきたいのか

ということであったり

何をしていただきいたいのか

ということなども

ある程度具体的に

お伝えする必要が

あるように感じています。

 

そういったことを

踏まえたうえで

合葬墓であったり

永代供養をご希望される方々の

ご要望をお聞きして

どのような形での

ご供養が出来るかを

模索したいと思っております。

 

 

▼本堂建設工事の様子

本日は雨の時間が長かったのですが

その中でも

作業を進めて下さいました。

 

先代住職生前最後の法要と通夜葬儀のフォトムービーをアップしました

先代住職である

普賢院第64世・品田泰永僧正の

生前最後の法要となった

令和3年 お盆法要の動画と

9月13日・14日に

執り行われた通夜・葬儀の

フォトムービーを

動画サイトにアップしました。

 

時の経過は実に早いもので

明日(10/12)は泰永僧正の

五七日(ごしちにち)忌

つまり

三十五日忌となります。

 

泰永僧正は

僧侶人生において

「丁寧さ」と「心を込める」こと

をとても重んじており

最後まで貫きました。

 

拙僧泰峻もまた

「丁寧さ」と「心を込める」ことを

大切にして

住職として邁進いたします。

 

先代の月命日にあたり〜通夜葬儀アーカイブ〜

早いもので

先代住職が遷化して

1ヶ月が経過しました。

 

いつもお世話になっている

写真館の

グランフォートさんに

儀式の様子を

撮影していただいたので

アーカイブとして

その写真の一部を

こちらでも掲載させていただきます。

 

原因は分かりませんが

グランフォートさんから

頂戴したデータを

拙僧泰峻のパソコンだと

開くことが出来なかったので

応急処置として

転送サービスのサイトから

一枚一枚DLしなければ

ならなかったことに加え

当ブログでは

掲載可能な写真の容量に

上限があるため

本当に全体の一部しか

紹介出来ませんが

儀式自体の雰囲気は

つかめるかと思います。

 

ご覧いただき

先代住職・泰永僧正を

お偲びいただければ幸いです。

 

【令和3年9月13日】

出棺供養の様子

 

通夜の様子

 

【令和3年9月14日】

葬儀の様子

10/14終活カフェは中止します

10月14日に予定していた

終活カフェは

中止することにいたしました。

 

終活カフェは

事前申込みなどの

対応をしておらず

参加人数の制限も

設けていないため

ウイルス対策が

不十分であると判断し

今回の開催は見送らせていただきます。

 

予定では「お墓」を

テーマにこれからの

ご供養について

色々と考える時間に

するつもりでおりました。

 

多くの方が

ご興味をお持ちのテーマでしたし

お墓に関連するお悩みや不安が

多い昨今ゆえ

考えるきっかけとなる時間を

設けることは意義あることだと

考えていたのですが

ウイルス対策の面において

不徹底であったため

残念ですが今回は

開催を断念いたします。

 

ここ最近

八戸では感染状況が

かなり落ち着いているだけに

感染対策を十分にした上で

催事を行うべきと思いますので

ご理解の程よろしくお願い申し上げます。

 

当山第64世・泰永僧正の密葬の動画をアップしました

9/14に執り行われた

泰永僧正(行年72)の密葬の

動画をYouTubeチャンネルに

アップしました。

 

業者さんにも

一連の儀式の撮影を

お願いしているのですが

仕上がりには

もう少し時間が

かかると思うので

取り急ぎ手持ちの機材で

撮影したものを素材に

編集しました。

 

最近の当地での葬儀は

一般会葬者は定められた

会葬時間内にお焼香していただき

お帰りいただいて

その後

遺族親族の皆様が参列して

儀式が執り行われる

という形式となっています。

 

泰永僧正の密葬の際も

予定していた会葬時間より

大分早い時間から

多くの方にご会葬いただき

お焼香いただきました。

 

密葬等の儀式は

遺族親族に加え当山の総代さん方と

参列いたしました。

 

31年にわたり

当山住職を担った

泰永僧正の儀式は

有縁の諸寺院方により

厳かにお勤めいただきました。

 

動画を通じて

少しでもお偲びいただければ

幸いです。

 

生前の約束

9/8に急逝した住職が

生前いつも座っていた椅子から

見えるところに

5年間貼られていた

写真がありました。

 

2016年10月5日に

大学同期の皆様と

撮った写真です。

 

この時は

住職の要望にお応え下さった

友人の皆様が各所より

八戸にお集まり下さり

楽しい宴だったようです。

 

この時のことを

最近も話していました。

 

楽しいひとときを

かみしめるような

顔をしているように思います。

 

遺影を選ぶため

色々と写真を整理したのですが

こんなに穏やかな

表情をしている写真は

なかなかありません。

 

写真を撮ったのは

グランドサンピアという

八戸市のホテルです。

 

宴会の後

住職はこちらに皆様と

一泊したのですが

振り返ってみると

ホテルに外泊したのは

この時が住職にとって

最後の機会となりました。

 

住職は自身の葬儀における願いを

拙僧(副住職)に託していました。

 

それは

自身(住職)の葬儀には

日頃お世話になっている

東北支所のご寺院様に加え

同期の親しい友人の皆様に

来ていただきたいて

どなたかに導師も

お勤めいただくということです。

 

住職の生前の願いを受け

住職と親しい同期の皆様に

お願いしたところ

大変ありがたいことに

お引き受けいただくことが出来ました。

 

諸先生方のお力をお借りして

72年の人生を生き切った住職を

丁重にご供養させて

いただきたいと思います。

 

雲ひとつなく

八戸では30℃を軽々超えまして

汗だくになりながら

過ごしております。

 

慣用的に晴れのことを

「天気が良い」といいます。

 

この表現には

“好ましい”というニュアンスが

大いに含まれるようでして

本日のような酷暑の晴天は

「天気が良い」という表現に

あてはまらないのではないかと

感じています。

 

普賢院での法事などにおいて

昨年の今頃と違う点は

会場が仮本堂であることです。

 

現在、仮本堂として

ふれあい豊山館という会館

の1階を使っていますが

冷房があるため

堂内でのお勤めは

それほど苦にはなりません。

 

冷房を強めると

寒くなってしまうため

26℃設定にしていますが

それでも十分に快適です。

 

年々暑くなっているここ数年は

時として

旧本堂でのお勤めが

蒸し風呂で行っているような

場合がありました。

 

新本堂では

予算の関係もあり

大掛かりな空調を

取り付けることが出来ないため

暑さ対策を十分に

検討する必要があります。

 

現時点で思い描いているのは

暑い時季は

現在仮本堂にしている所で

法事を行うという方法です。

 

その場合

法事後に本堂も

お参りいただいてから

当山を出発いただく

というような流れに

していただいてはどうかと

思案しています。

 

新本堂は

脇間や多目的室に空調が

設置されるのですが

内陣外陣にわたる

主要箇所に効かれられるような

設備を取り付けると

初期経費もさることながら

維持の事も加味しなければならず

断念いたしました。

 

新本堂ではこれまで同様

扇風機で暑さを凌ぐことになりますが

凌ぎきれない酷暑の場合は

臨機応変に会場を移して

対応出来ればと思います。

 

問い続ける中での棚卸し

7月に入ったと思えば

もうひと月の3分の1が

過ぎました。

 

多くのお寺でも

そうであるように

当山でも毎週末は

法事が予定されます。

 

本日も夕方頃まで

各家の法事を

ご一緒させていただきました。

 

法事では多くの場合

「回忌」にあわせて

祈りがささげられます。

 

その回忌は

故人様の命日を基準として

流れ始めた時間を

意味するものです。

 

故人様の命日を境に

再び流れ始めた時間を

回忌は教えてくれます。

 

そういう意味では

回忌というのは

故人様との時間の続きを

意味するものでもあります。

 

このようなことを

胸の内にいだきながら

いつもお勤めさせて

いただいているのですが

どことなく曖昧ともいえる

この思いを

自身でも振り返り

さらに民俗学的な意味での

「霊魂観」であったり

「死生観」などを踏まえ

再構築する必要を感じています。

 

ここでいう再構築というのは

結論を出すということではなく

生涯問い続けるべきことに対し

現時点において

様々なことを踏まえたうえで

どうのような意義を

言葉で紡ぎ出せるかを

試みるということです。

 

ここでそのことについて

詳細に述べる余裕はありませんが

これまで前提としてきたことが

大きく変わりつつありますし

さらに当山でいうと

合葬墓のように

これまでのことを引き継ぎつつも

新たな形での葬送が

取り入れられていくにあたり

全体の根底を見つめ直したうえで

個々の意義をいかに捉えるかに

思いをいたしたいと思います。

 

重きが置かれる追憶

チューリップを見かけると

ゴールデンウィークに

入ったと実感します。

 

昨年の今頃は

緊急事態宣言下

ということもありましたが

力を持て余している

子どもたちと

動画をこしらえて

アップしていたことが

思い出されます。

 

ゴールデンウィーク中は

法事なども多いため

遠出は出来ないので

今年もまた子どもたちとの

思い出つくりとして

何か形にしたいと考えています。

 

ここ何年か普賢院では

行事の様子などを

短い動画に編集して

アップしていますが

如何せんド素人なので

曲がりなりにも

動画を編集すること自体が

とても良い学びとなっています。

 

なので

昨年の子どもたちとの動画も

作る過程において

多くのことを

得ることが出来ました。

 

少し話のテイストが変わりますが

様々な事情があって

ご自宅に仏壇や位牌がない場合

故人の写真を部屋に飾り

手を合わせるというケースが

あろうかと思います。

 

現代の葬儀において

遺影は必ずといってよい程

準備されています。

 

儀式中は大型モニターに

遺影を出力することも

今では珍しくありません。

 

ありし日の姿が

留められた写真は

もはや葬儀には欠かせないものに

なっているように思います。

 

通夜や葬儀の際に

思い出の写真や動画を編集した

ムービーを流すことも

葬儀店のオプションとして

用意されています。

 

葬送儀礼の“意味合い”は

時代時代の死生観の移り変わりと

深く関わりがありますが

現代の葬送儀礼は

追憶に重きが置かれているといえます。

 

追憶にあたり写真が

重要な意味を持つようになったように

動画が身近なものになるにつれ

追憶の一方法として

これまで以上に根を下ろす

可能性は大いにあると思うのです。