双極性障害(躁うつ病)と向き合う㉔〜終話〜

先日遷化した

当山第64世・泰永僧正は

長く双極性障害(躁うつ病)

を患っていました。

 

本年7月後半頃より

躁(そう)状態になり

月に1度の通院が

週に1度の通院となり

治療しておりました。

 

双極性障害は

認知度が低い脳疾患です。

 

特に躁状態は

誤解を招きやすい状態で

患者本人の

社会的信用を失いやすく

家庭崩壊を招きやすいとされます。

 

そのため当ブログでは

泰永僧正が躁状態になった際

健康状態をお伝えすべく

「双極性障害(躁うつ病)と向き合う」

というカテゴリーを設け

記事を投稿してまいりました。

 

双極性障害について

述べさせていただくのは

今回が最後となります。

 

双極性障害は

躁(そう)状態と

うつ状態を繰り返す

脳疾患です。

 

双極性障害の治療は

その2つの状態の差を

なるべく小さくする

ことを目標とします。

 

躁とうつの状態差が

大きければ大きいほど

患者本人への

身心への負担が

大きくなります。

 

実は8月に入ってから

医師より入院を

勧められておりました。

 

しかし

泰永僧正の希望もあり

入院はしませんでした。

 

ですが

なかなか躁がおさまらず

身体にかなり負担が

かかっている様子だったので

次回に通院する際は

入院してもらう方向で

家族は考えておりました。

 

そう考えている矢先の

9/8早朝に

泰永僧正は遷化しました。

 

亡くなった当日は

早朝に青森市へ行く予定があり

準備のため入浴していました。

 

頭を剃髪し

身体も洗って

お湯をいっぱいはった浴槽で

ラジオを聴きながら

ゆっくり過ごしていた中で

最期の時が訪れたようです。

 

たまたま

その日の朝焼けを

拙僧は撮影していたのですが

泰永僧正の足音と

「風呂」という声が入っていました。

 

その動画は

午前4時53分に撮影と

記録されています。

 

浴室で亡くなっているのを

発見したのが

午前5時半頃になるので

動画に入っている音は

まさに亡くなる直前のものです。

 

懸命の蘇生措置も及ばず

市民病院にて死亡確認が

午前7時12分になされました。

 

拙僧としては

双極性障害と向き合い

泰永僧正には穏やかに

長生きして欲しいと

思っていました。

 

これまでのことを

振り返ってみると

泰永僧正は拙僧とは

少し違う感覚で

生活していたのかもしれません。

 

どういうことかというと

長生きすることより

その時々を精一杯生ききる

ことに重点を置いていた

のではないかと思うのです。

 

泰永僧正は

自身の脳疾患について

きちんと把握していましたし

通院も服薬も

欠かすことはありませんでした。

 

躁状態になると

衝動的で過度に多動的

あるいは多弁的になるのですが

泰永僧正の言動は

全てにおいて僧侶としての

行いに関わるものでした。

 

お寺のため

ご縁のある方のため

次の世代の者のため

ここ1ヶ月間は

常に全力疾走していました。

 

今年のお盆あたりから

泰永僧正は何度か

転んでいます。

 

そのうち1回は

自分でもどうして転んだのか

覚えておらず

気がついたら

通りがかりの有縁の方に

助けられていたという

ことがありました。

 

お盆頃というと

睡眠を取らずに

ひたすら動いていた時期

でもあります。

 

恐らくですが

転んだのではなく

倒れたのではないかと

今は推測しています。

 

8月に入り

毎週1度の通院となり

躁状態を少しでも早く

しずめるために

薬の処方が変わりました。

 

最後の2〜3週間は

朝はろれつが

回っていなかったり

フラフラしと歩いている

ような感じでした。

 

眠剤の影響もあるのですが

それだけでは

なかった様に思います。

 

躁状態が続いて

体力が無くなることは

我々家族は想定していたのですが

まさか

力尽きてしまい

最期を迎えるとは

考えていませんでした。

 

当山では

来年3月に新本堂の上棟式

来年10月に完成する新本堂の

落慶式が後々に控えており

その時季に泰永僧正が

双極性障害の

躁状態でもうつ状態でもない

安定期である寛解期に

あたるようにすべく

泰永僧正含め家族で

疾患と向き合っておりましたが

拙僧が考えていた以上に

躁状態というのは

恐ろしいものだったと痛感します。

 

そのような思いがある一方

躁状態で最期を迎えられたことは

良かったとも感じています。

 

ご存じの方も多いかと思いますが

躁状態の対極にある

うつ状態も大変難しい状態です。

 

うつ状態がひどい時は

動くことすら出来なくなります。

 

しかも

躁状態に比べ

うつ状態は圧倒的に

長期間に渡る傾向があります。

 

そのような状態を

重々知っているだけに

過度ではあるものの

活発に動ける時に

最期を迎えられたのは

良かったと感じています。

 

躁状態の時は

角が立ってしまう言動が

病状としてどうしても

引き起こされてしまいますが

誠実で真面目で心優しく

素直であった泰永僧正ゆえ

いかに激しい言動が

見られたとしても

根本は変わらず

最後の最後まで

僧侶として歩み切ったと

拙僧は捉えております。

 

躁を活かして

うつ状態の時には

出来なかったことを

必死にやろうとしていました。

 

亡くなった日は

早朝に青森市へ出発し

親戚のお宅の仏壇で

お勤めをする予定でした。

 

お参りするための

持ち物や着る物も

バッチリ準備をしたうえで

入浴をしていたようです。

 

僧侶としての歩みを貫いた

「大和尚」だったと思います。

 

 

 

双極性障害と

向き合ってきたことは

とても大きな経験だったと

感じています。

 

これまで何度も

お伝えしてきましたが

双極性障害で

一番苦労しているのは

患者本人です。

 

これは

間違いありません。

 

患者本人への

心身の負担は

想像を絶するものが

あると思います。

 

心身への負担は

命に大いに関わることを

泰永僧正の一件で確信しました。

 

同居する家族への負担も

かなり大きいものがありましたが

患者本人への負担は

それとは比べ物に

ならないと言えるでしょう。

 

双極性障害について

公表して

特に躁状態の時には

周知に努めるようにして以降

専門的なアドバイスを

多数お寄せいただいたり

お励ましのメッセージも

多数頂戴しました。

 

そのような

温かなお心は

泰永僧正を支えるにあたり

大きな力となりました。

 

心より感謝いたします。

 

 

 

双極性障害(躁うつ病)と向き合う

 

それは

拙僧にとっては

父と向き合うことであり

自身と向き合うことでした。

 

 

▼亡くなる2日前に

絵本づくりに

協賛してくれました