千体仏完成の地 釜淵観音

糠部三十三観音霊場

第27番札所

釜淵(かまぶち)観音

 

札所を1番から番号順に

お参りする事を

「順打ち」といいますが

順打ちする際には

こちらが県内最後の札所です。

 

こちらの札所には

奇峰学秀(きほう がくしゅう)という

田子町出身である

禅僧のエピソードが伝えられます。

 

余談ですが

「奇峰(きほう)」とは有名な言葉で

「夏の入道雲」を意味する言葉です。

 

陶淵明の作とされる「四時歌」という

お茶の掛軸にもよく用いられる漢詩に

「夏雲多奇峰」という一節があります。

 

奇峰学秀は名僧であると同時に

仏師でもありました。

 

学秀禅師は

27番札所であるこの観音堂にて

千体の仏像を彫ったそうです。

 

釜淵観音の入口脇には

千体仏が完成した際の

記念碑が建てられており

その功績が讃えられております。

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かんのんまいり〜悟真寺〜

糠部三十三観音霊場

第25番札所

悟真寺(ごしんじ)

 

三戸町同心町のお寺です。

 

門を入り右手側に

札所の観音様が祀られる

観音堂がございます。

 

こちらのお寺には

会津藩士戊辰殉難者招魂碑が

建立されております。

 

三戸の旧会津藩士の方々が

会津有縁者の慰霊のために

建立したものです。

 

会津藩は再興を許され

北の地に斗南藩を立藩しました。

 

始めは五戸に藩庁が置かれ

後に下北の円通寺に

藩庁が移されます。

 

斗南藩の方々は

見知らぬ北の地に移られ

大変なご苦労を強いられたと

伝えられております。

 

 

悟真寺観音をお参りの際は

招魂碑にもお手を合わせて頂き

激動の時代におもいを

馳せられてみてはいかがでしょうか。

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永福寺ゆかりの札所 早稲田観音②

糠部三十三観音霊場

第23番札所

早稲田観音

 

こちらはかつて

当山前身である永福寺の

堂宇が建立された地です。

 

現在は永福寺の

後身であるお寺は

三戸にはありませんが

嶺松院(れいしょういん)という

永福寺自坊が明治時代までは

存在しておりました。

 

永福寺の起源は

不明な所が多いのですが

永福寺の寺伝によれば

延暦13年(794年)に

坂上田村麿公により

奥州六観音の1つとして

現在の当山の地に

十一面観音を祀る

祈願寺として建立された

とされます。

 

寺伝によれば

永福寺は別院として

別所にも堂宇を

構えたとされます。

 

永福寺と深く関わったことを

今に伝えるものとして

早稲田観音のお堂裏手に

広がる墓地内に

永福寺僧侶の

五輪塔や供養塔がございます。

 

永福寺の先師方に

限ったことではありませんが

かつては供養塔として

墓石を縁故ある各地に

建立するということは

珍しいことではありません。

 

もちろん世間一般的な

ことではありませんが

僧侶でいえば

縁故あるお寺数カ所に

墓石や位牌が祀られることは

よく見られることです。

 

早稲田の地に

永福寺僧侶にまつわるものが

残されていることが

三戸の地が永福寺と

とても縁が深い場所である

ことを物語っております。

 

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永福寺ゆかりの札所 早稲田観音①

糠部三十三観音霊場

第23番札所

早稲田観音

 

三戸郡南部町の

新羅神社のすぐそばに

札所の観音堂があります。

 

こちらの本尊は

十一面観音という観音様です。

 

 

早稲田観音の地は

かつて永福寺の堂宇(どうう)

があった場所でもあります。

 

当山の前身である永福寺は

三戸にも堂宇を構えたと

寺伝は伝えております。

 

永福寺が祈願所として

殊に大切にされたのは

宮中祭祀とも深く関りのあった

真言宗の「法流」を受け継ぐ

お寺であったことが

大きな理由であろうと

考えられます。

 

後七日御修法

という行事をご存知でしょうか?

 

今もなお東寺にて

年頭に行われる国家安泰を

ご祈願する尊い行事ですが

弘法大師の御代より

真言宗が担っているものです。

 

永福寺が

南部家累代の祈願所

とされたのは

由緒ある法流を受け継いでいた

ことが大きな理由であったのだと

思われます。

 

南部実光公が

建久2年(1191年)に

三戸城の鬼門の位置である

早稲田の地に永福寺を

建立したと伝えられますが

鬼門の地に

七崎の地で古い歴史のある

永福寺を早稲田の地にも

わざわざ建立したことから

いかに大切なお寺であったかが

伝わるかと思います。

 

早稲田観音と

永福寺のかかわりについて

次回またお話させて頂きます。

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田園にたたずむ 古町 隅ノ観音

糠部三十三観音霊場

第24番札所

古町 隅ノ観音

 

隅ノ観音の名は

根城にもあることから

区別するために「古町」の

地名が加えられます。

 

こちらにはかつて

「普門山圓福寺」

というお寺があったそうです。

 

こちらの札所は

三戸郡南部町にございます。

 

お参りに訪れた日は

快晴に恵まれ

青空と山々のおりなす

新緑の絶景を

目にする事が出来ました。

 

糠部三十三観音の札所は

階上の寺下観音から始まり

市内各所に連なり

三戸、二戸、一戸にまで及び

33番札所は

二戸の天台寺となっております。

 

当山は15番札所であり

ほぼ“折り返し地点”となります。

 

様々な札所がありますので

お時間のある時に

お出かけ下さいませ。

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田村将軍の伝説 清水寺観音

糠部三十三観音霊場

第26番札所

清水寺(きよみずでら)観音

 

田子町にある

真清田(ますみだ)神社が

26番札所となっております。

 

こちらの神社は

かつて金龍山清水寺

というお寺でした。

 

創建は坂上田村麿公と

伝えられます。

 

糠部三十三観音霊場には

明治の神仏分離以降に

お寺から神社に改められた

札所が多く見られます。

 

観音様は

神様にも連なる尊格として

多く祀られた歴史があります。

 

歴史的なことを述べると

そもそも明治以前は

寺社仏閣に明確な線引きを

することは稀だったのです。

 

東北全般に共通する話として

田村将軍が開基とされる

寺社仏閣は多く存在します。

 

当山も例外ではなく

前身である永福寺は

田村麿公が奥州六観音の1つとして

十一面観音を祀り建立された

と伝えられております。

 

田村将軍が直々に

足を運ばれて開基したか

否かは別として

田村将軍の影響力がいかに大きな

ものであったかを

今に伝えるものと思います。

 

坂上田村麿公は

京都の清水寺を建立され

観音様を殊に大切にされたことで

すこぶる有名な方です。

 

26番札所もお寺であった頃は

清水寺の名がついております。

 

伝説ゆかりの観音様として

長らく大切にされてきた

清水寺観音。

 

伝説を感じながら

お参り下さいませ。

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第一番札所 寺下観音

糠部三十三観音霊場

第1番札所

寺下観音(てらしたかんのん)

 

自然に囲まれ

清流のせせらぎが聞こえる

静寂な境内。

 

第1番札所の観音様は階上町の

潮山(うしおやま)神社境内の

観音堂にお祀りされます。

 

こちらの観音様の由緒は古く

行基(ぎょうき)菩薩の創作と

伝えられます。

 

観音堂へは

階段をのぼり

仁王門をくぐるとたどり着きます。

 

観音堂前には

西国三十三観音霊場の

観音様もお祀りされております。

 

ちなみに

当山の本山である

奈良県桜井市の長谷寺は

西国霊場の第8番札所です。

 

寺下観音は

いつ訪れても

しばらく時間を

過ごしたくなるような

心持ちになる素晴らしい札所です。

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雷雨の観音参り 二戸・天台寺

岩手県二戸にございます

天台寺を訪ねました。

 

天台寺は

当山も所属しております

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場の

第33番札所でもあります。

 

訪れた3/30の午後は

冷たく激しい雨が落ち

雷が轟いておりました。

 

「甘露(かんろ)の法雨(ほうう)」

「天鼓雷音(てんこらいおん)」

という仏道の言葉があります。

 

尊いみ教えが

雨の如くに注がれ

轟く雷の如くに

迷いから目覚めさせられる

ことを意味する言葉です。

 

“あいにく”の空模様でしたが

拙僧(副住職)の訪問を

“歓迎して下さっている”のだと

信じながら足を運ばせて頂きました。

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年に1度のご開帳〜護摩法要〜

2/13午後8時より

護摩法要(ごまほうよう)が

厳修されました。

 

つまびらかには

「聖観音おこもり護摩法要」

通称「おこもり」。

 

毎年旧暦1月17日に行われます。

 

本年も無事に

厳かに賑やかに

お勤めされました。

 

この行事は

数年前までは

存続の危機に瀕しておりました。

 

少しずつ賑わいを

見せるようになり

拙僧(副住職)は非常に

嬉しく感じております。

 

愛媛県松山市より

浄明院副住職 森脇宥海師

東京都江戸川区より

善養寺住職 名取玄喜師

お二人にお力添え頂きました。

 

有縁の方々に

昨日より後席の準備を

お手伝い頂きました。

 

当日は多くの方に

ご参列頂きました。

 

沢山のご縁に感謝申し上げます。

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南祖坊 生誕の地

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糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第16番札所である

斗賀 霊現堂(とが りょうげんどう)

 

明治まではお寺でしたが

現在は斗賀神社という

神社となっております。

 

十和田湖伝説に登場する

南祖坊(なんそのぼう)

こちらで生まれたとされます。

 

斗賀神社の裏手には

十和田神社があり

南祖坊が祀られております。

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