かんのんまいり 外手洗観音

糠部(ぬかべ)三十三観音

第18番札所

作和(さくわ)外手洗(そであらい)観音。

 

こちらの観音様は

明治の廃仏毀釈の難を逃れるため

名久井の法光寺に移され

昭和になってこの地に

再びお祀りされたそうです。

 

外手洗観音の鳥居の前には

そば畑が広がっており

とても美しい景観となっております。

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かんのんまいり 高山観音②高松寺

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第4番札所

高山(たかやま)観音。

 

高松寺(こうしょうじ)本堂に

高山観音が祀られます。

 

本堂内陣左方には

虚空蔵菩薩が中央に祀られ

その右側に高山観音が

お祀りされます。

 

高松寺は

その起源が平安末期にさかのぼります。

 

古くは

重盛山小松寺(しげもりさん こまつでら)

と呼ばれていたそうです。

 

重盛山という山号は

平清盛公の息子である

平重盛に由来します。

 

小松寺は現在のお寺の場所ではなく

龍興山神社の方にあったそうです。

 

龍興山神社の案内板によれば

重盛が京都とり島守の地に来て

虚空蔵菩薩を浅田山の山頂に

祀ったのが創始とのことです。

 

伝説や歴史に触れ

島守を味わいながら

お参りされてはいかがでしょうか。

 

【高松寺】

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【龍興山神社】

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かんのんまいり 高山観音①高山神社

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第4番札所

高山(たかやま)観音。

 

4番札所のある

島守という場所は

十和田湖伝説に登場する

八の太郎(八郎)と

関わりのある場所です。

 

高山観音の御像は現在

高松寺(こうしょうじ)に

お祀りされておりますが

もとは高山神社の場所にあった

観音堂の本尊です。

 

島守は古くより

霊験あらたかな場所とされた所です。

 

高山神社の本殿を目指し

お山を登る道中は

山岳霊場としての雰囲気が

感じられます。

 

高山神社は

イザナギノミコト

イザナミノミコトが

祭神として祀られます。

 

明治の神仏分離令をうけ

四十八社が相殿として

合祀されたそうです。

 

この「島守四十八社の神々」は

八の太郎(八郎)伝説にも

登場する神々です。

 

その伝説の

あらすじですが

川魚を食べた

八の太郎(八郎)は

喉がひとく渇きます。

 

喉をうるおすべく

沢の水を飲みますが

飲めども飲めども

喉の渇きはおさまらず

気がつけば大蛇の身となっていました。

 

大蛇となった八の太郎(八郎)は

川をせきとめて

島守盆地に水をためて

そこに棲もうとしますが

それを良しとしなかった

島守四十八社の神々が

八の太郎(八郎)を

追い出したという物語です。

 

高山神社境内には

不動明王像

毘沙門天像

弘法大師像

金精様なども祀られます。

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かんのんまいり 観音林観音

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第31番札所

観音林観音。

 

軽米にある

静かな佇まいの札所です。

 

かつては

千手観音が祀られていたそうですが

現在は聖観音が祀られます。

 

この観音林は

南部八戸藩と南部盛岡藩の

境界でもあったそうです。

 

観音林観音は

長谷七観音のいわれがあります。

 

長谷七観音とは

長慶天皇の弟である

明尊が南北朝時代に

一本の大桂の木から

七体の観音像を造ったという伝えで

その一体が観音林観音であるとされます。

 

明尊は

南部町に長谷寺(恵光院)を

開いたとされる方です。

 

▼長谷七観音について

https://fugenin643.com/blog/長谷七観音の伝承/

 

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かんのんまいり 朝日観音

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第30番札所

朝日観音。

 

二戸の石切所大村の札所です。

 

開基は慈覚大師・円仁と伝えられます。

 

29番の鳥越観音と

30番の朝日観音は

まさに山岳霊場ならではの

山上にある札所です。

 

険しい山道を登っていくと

山上に岩肌むき出しの巨岩が

たちあらわれます。

 

その巨岩の岩窟に

朝日観音の観音堂があります。

 

自然と一体化した神秘性が

感じられる札所です。

 

観音堂からは

眺められる景色も

素晴らしい

まさに聖地です。

 

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かんのんまいり 鳥越観音

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第29番札所

鳥越(とりごえ)観音。

 

この29番の鳥越観音と

次の30番の朝日観音は

まさに山岳霊場ならではの

険しい山道の先にある札所です。

 

鳥越観音の

もともとの本尊は

慈覚大師・円仁の御作と伝えられますが

時間の経過とともに朽ちてしまい

現在は改められた観音像が

祀られているそうです。

 

険しい山道を行くと

仁王門があります。

 

この仁王門には

鐘楼が吊られています。

 

仁王門をくぐり

道なりに進むと

“岩肌に沿う”ような

懸造(かけづくり)の

観音堂が見えてまいります。

 

宝暦10(1760)年頃の

成立とされる

『御領分社堂』(ごりょうぶんしゃどう)

によると鳥越観音は

かつては鳥越山観音寺というお寺で

「天台宗別当 東福院 持」であり

元禄元(1688)年正月17日に

火災にあってしまい

証文や縁起など焼失したと

記されています。

 

こちらの札所は古くより

霊験あらたかな場所として

祈りが込められてきたということが

ひしひしと伝わってまいります。

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かんのんまいり 清水観音

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第6番札所

清水(しみず)観音。

 

こちらは当山と

ご縁の深い札所です。

 

清水観音はかつて

当山の前身である永福寺が

別当寺をつとめた観音堂です。

 

こちらの観音様は

かつては十一面観音だったそうですが

現在は聖観音が祀られます。

 

清水観音と当山の七崎観音の

ご縁について伝えられる所を

紹介させて頂きます。

 

伝説によると

南部氏が篤く帰依した

七崎観音のルーツは白銀にあります。

 

全く関係ないことですが

拙僧(副住職)妻は

清水観音のある白銀出身です。

 

これも観音様の

ご利益でしょうか(笑)

 

ルーツの話に戻りますが

白銀にまつわるものとして

2つの七崎観音伝説があります。

 

それは

①坂上田村麻呂伝説

②藤原諸江伝説

の2つの伝説です。

 

坂上田村麻呂伝説とは

坂上田村麻呂将軍が

白銀の清水川上段に

正(聖)観音を祀り

天長年中に七崎に

移したというものです。

 

伝えによると当初は

現在の神社の場所ではなく

現在の当山から東方に

約3〜400メートルの場所に祀られ

その後年代不祥ですが

現在の地に遷座したそうです。

 

藤原諸江伝説とは

流刑となった諸江卿が

白銀で漁師となり

漁をしていたところ

天長元(824)年四月に

観音様を引き上げたので

小さな社を建立してお祀りしますが

承和(834)年正月7日に

夢のお告げを受けて

七崎に遷座したというものです。

 

藤原諸江が逝去した後は

諸江卿を荒神(こうじん)として

お祀りしたと伝えられます。

 

以上の話は

大正6年に編纂された

『郷社七崎神社誌』でも

紹介されており

文政三庚辰年如月

七崎山徳楽寺正観世音伝話記ヨリ

抜抄シテ明治十二年書上ケタリ

と記されております。

 

“海の”白銀と“山の”七崎。

 

意外とも思える深いつながりが

古い時代から

白銀と七崎(現在の豊崎)に

あったことを

清水観音は今に伝えます。

 

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長谷七観音の伝承

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場には

長谷七観音(はせしちかんのん)

と呼ばれる七つの札所があります。

 

一本の桂(かつら)の木から

作られた七体の観音像が

この長谷七観音と伝えられます。

 

南部町にございます

牡丹で有名な長谷寺こと

恵光院さまの旧観音堂の

奉納額によれば

長谷寺・十一面観音(22番札所)

野瀬・聖観音(21番札所)

観音林・千手観音(31番札所)

矢立・十一面観音(20番札所)

外手洗・千手観音(18番札所)

法光寺・千手観音(19番札所)

相内・聖観音(17番札所)

が長谷七観音とされます。

 

これらの札所を巡礼することが

こちらの地域における

七観音参りの姿であると

伝えております。

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かんのんまいり 相内観音

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第17番札所

相内(あいない)観音。

 

相内観音のお堂の本尊は

聖観音(しょうかんのん)です。

 

由来書によれば

南部氏初代の光行が

建久2(1191)年に鎌倉より

八戸に到着し

馬淵川(まべちがわ)をのぼり

この観音堂にて一夜を明かしたそうです。

 

境内には観音堂の他に

「古峰神」「湯殿山」「十和田山」と

刻まれた石碑と

十一面観音像も祀られます。

 

境内はきれいに管理されており

お参りしやすいように

お手入れされているように感じました。

 

ご縁のある方々の

“心づかい”が感じられる札所は

お参りすると

心が洗われるように思います。

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