拙僧泰峻の長男が中一でして
最近は半分趣味で
学校での問題集や教科書などを
拝借して読んだり解いたりしています。
個人的な研究とも
若干関わってもいるのですが
中学校での内容ともなると
広く浅くとはいえでも
中学生の生徒たちにすれば
大変だろうと思います。
それはさておき
地理の教科書で
日本の東経・北緯を
大まかに記述しているところがあり
そこに歴史的難しさというか
日本としての立場の暗示的主張というか
そういったものが感じられました。
日本の南北は
およそ北緯20度から50度
と記述されていますが
「北緯50度線」といえば
旧・樺太(サハリン)の南北ラインでした。
日露戦争の講和条約として
1905年に締結されたポーツマス条約で
樺太の北緯50度以南を
日本が領有することになりました。
1945年の終戦後
樺太はソ連に侵攻・占領され
1951年のサンフランシスコ講和条約で
日本は南樺太を手放すことになります。
北緯50度以南の地は
現在もロシアが実効支配していますが
国際法上は帰属未定地となっており
世界地図ではロシアでも日本でもない
「白」で描かれることが多いです。
ということで
北緯50度まで日本の領域が
想定されるような記述は
色々な含みや背景があることを
しっかりと踏まえなければならないと
個人的には感じます。
コロナ禍に入る前年に
サハリンに行く機会があって
それに関する小稿を出したことがあったので
この件について気になってしまいました。
教科書の記述なので
そのまま常識として暗記してしまうと
誤解の種になりかねないようにも思いました。
色々と踏まえたうえで
このように捉えるのは問題ないでしょうが
前提なしに鵜呑みにするのは微妙かと。
そんなことを感じた秋の一日でした。

