田舎本寺の永福寺

最近は当山にまつわる

歴史や伝説について

ご興味をお持ちの方が多いようです。

 

これまであまり

専門的にお伝えしたことは

ありませんでしたが

永福寺の歴史について

少しだけ専門的な見地から

ご紹介いたします。

 

当山の前身である永福寺は

江戸期には盛岡南部領において

田舎本寺(いなかほんじ)

触頭(ふれがしら)

という立場のお寺でした。

 

田舎本寺(いなかほんじ)とは

「地方の中核寺院」の意で

僧侶が修行・勉学を行う

談林(だんりん)という

大学のような養成機関も

兼ねておりました。

 

盛岡にて火災にあった後

「所化寮(しょけりょう)を再建した」

という記述が見られます。

 

所化(しょけ)とは

ご指南頂く者

修行する者

学生などの意味です。

 

要するに永福寺には

修行僧寮・学生寮があったことを

意味します。

 

触頭(ふれがしら)とは

幕府よりのお触れや法令を

伝達する役所を意味し

合議制で役割を遂行します。

 

かつての寺格や本末関係が

記された文書を見ると

永福寺は盛岡五山という

“盛岡藩首都”における

主要な5つのお寺の筆頭であり

永福寺の末寺などの

関係寺院として多くのお寺が

列記されております。

 

永福寺とは別に

真言宗七箇寺として

朝日山 法明院

南池山 大荘厳院

蓮(台)山 長谷寺

走湯山 高水寺

池峰山 新山寺

高野山 中台院

宝幡山 覚善院

という7つのお寺が列記されますが

これらのお寺より

七崎(現在の普賢院)へ

おいでになられた和尚様も

いらっしゃいます。

 

永福寺の住職は

相応の方が選抜されたようで

関東からいらっしゃったり

京都からいらっしゃったりと

いったことがありました。

 

これまでは「定説」として

永福寺は七崎から三戸に移り

三戸から盛岡に移った

という説明をしてきましたが

最近はこの言い回しは

適切でないように感じております。

 

この推移は南部氏の築城に

ともなった歴史からの言い回しであり

現地の視点ではないゆえです。

 

事実として

七崎と三戸には

盛岡永福寺が新築された後も

「永福寺」が存続し

盛岡永福寺の住職が

「七崎永福寺」(普賢院)の

住職も兼ねていることが

当山の過去帳に記されております。

 

「三戸永福寺」(嶺松院)の

過去帳はないのですが

その跡地には

盛岡永福寺の住職の墓石が

あることから

当山と同じ状況である

可能性が高いと思われます。

 

当山は

七崎山 徳楽寺(ならさきさん とくらくじ)

という現在の七崎神社(ならさきじんじゃ)

の別当寺でもありました。

 

寺伝によると当山の住職である

行海(ぎょうかい)大和尚が

徳楽寺(七崎神社)の地が

修行の霊地として適した

聖地であるとして

北斗七星の形になぞらえ

杉を植えたとされます。

 

高くそびえ

町のシンボルツリーでもある

天然記念物の大杉3本が

その杉であると言われます。

 

樹齢が800〜1000年とされますが

行海大和尚は平安末期の方なので

伝説に真実味を感じます。

 

この徳楽寺は

当山から南方に位置しますが

南方は観音様を象徴する方角です。

 

様々な尊格(そんかく)には

象徴する方角やみ教えがありますが

これらを諸堂配置に応用することで

伽藍(がらん)そのものを以て

曼荼羅(まんだら)を

表していると考えられます。

 

徳楽寺(七崎神社)周辺には

修験者(しゅげんしゃ)が

各坊を構えており

一般参詣者の案内役である

先達(せんだつ)という役や

世話係などを担って

いらっしゃいました。

 

当山は徳楽寺の別当ではありますが

七崎修験(ならさきしゅげん)を

統括してはおりません。

 

七崎修験を統括していたのは

記録によると戸来(へらい)の

多聞院(たもんいん)とされます。

 

この多聞院は

聖護院門跡の奉書を拝受し

五戸 正年行事(しょうねんぎょうじ)

という修験の大役を担っており

その管轄地区はかなり広く

「支配末院六十八人有」と

修験本末の記録に記されます。

 

これらお寺や修験の本末関係は

殊に江戸時代に厳格となり

「社会体制」に組み込まれました。

 

盛岡永福寺には

1万坪もの土地があったそうですが

江戸時代が終わり

明治時代が始まって間もなく

盛岡永福寺は東坊と墓地のみ残し

没収されることとなります。

 

ある資料によると

この東坊は普賢院とされております。

 

永福寺六供坊(ろっくぼう)の

一寺院として当山も

盛岡にお堂が用意され

出仕していたのかもしれません。

 

まだまだご紹介したいことが

あるのですが

またの機会とさせて頂きます。

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静かに留めるかつての景観

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上のスケッチは明治期の

『新撰陸奥国誌(しんせんむつこくし)』

という書物に掲載されている

現在の七崎神社(ならさきじんじゃ)

その周辺のものです。

 

七崎神社は明治まで

七崎山 徳楽寺(ならさきさん とくらくじ)

というお寺で

現在当山にお祀りされる

糠部三十三観音第15番札所の

観音様が本尊でした。

 

当山はその徳楽寺の別当です。

 

『新撰陸奥国誌』記載の

スケッチに描かれる様子と

現在の様子を実際に比べてみます。

 

スケッチには

天然記念物となっている大杉は

描かれておらず

境内全貌や周辺のお堂が

際立つようなタッチになっております。

 

現在もスケッチ当時の風景が

静かに留められております。

 

七崎神社の境内の

諸堂配置を見ても

スケッチ当時そのままです。

 

ちなみにですが

当山には徳楽寺のものも含め

棟札(むなふだ)が

約30点も残っており

古い歴史を今に伝える

とても貴重なものです。

 

近い将来

当山では本堂を建替える予定なので

今一度歴史について

整理したいと考えております。

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無限の慈悲を司る観音様

当山の観音様は

糠部三十三観音霊場

第15番札所の本尊であり

年に一度ご開帳されます。

 

ご開帳するのは

毎年旧暦1月17日で

本年は3月4日となります。

 

当山ではご開帳の日に

護摩法要が厳修されます。

 

護摩(ごま)とは

火を用いた厳かな修法です。

 

観音様は詳らかには

観世音菩薩あるいは

観自在菩薩といい

無限の慈悲を宿すとされ

古くから篤く祈りを

捧げられた尊格です。

 

仏道では“無限”を表す数字が

色々とありますが

観音様の無限の慈悲を

六観音という6つのお姿で

表すことがあります。

 

聖観音(しょうかんのん)

十一面観音(じゅういちめんかんのん)

如意輪観音(にょいりんかんのん)

千手観音(せんじゅかんのん)

馬頭観音(ばとうかんのん)

准胝観音(じゅんでいかんのん)

あるいは

不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)。

 

これらは別個に独立して

優劣のある尊格ではなく

全てが観音様であり仏様です。

 

観音様のみならず

お地蔵様

阿弥陀様

お不動様なども

てんでバラバラなわけではなく

全てが「仏」であり

優劣があるものではありません。

 

その根本的な「仏」を

大日如来とするのが

曼荼羅(まんだら)の考え方です。

 

根本を見つめ

本質を見つめることは

曼荼羅の教えにおいて

とても大切なことです。

 

護摩で燃え上がる炎は

「仏」の智恵の象徴です。

 

尊い光に包まれる

祈りの空間。

 

今年ももうすぐ護摩法要です。

 

▼護摩法要のご案内

http://fugenin643.com/blog/護摩法要のご案内/

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護摩法要のご案内

普賢院本堂に祀られる観音様は

毎年旧暦1月17日にのみ

御開帳(ごかいちょう)され

その御宝前(ごほうぜん)にて

護摩法要(ごまほうよう)が

執り行われます。

護摩(ごま)とは

平安の古(いにしえ)より伝わる

火の修法(しゅほう)です。

 

夜の本堂に燃え上がる炎は

「仏の智慧(ちえ)」の象徴です。

 

焼(く)べられる木々は

我々の「願い」を

象徴しております。

 

護摩法要は願いを清め

の成就を願うひとときです。

「護摩木(ごまぎ)で国際協力」

という取り組みで

お納め頂いた護摩木は

護摩法要にて浄火に

焼べさせて頂きます
また当山にて開催しております

『写経カフェ』にて

お納め頂いた写経を

護摩法要にて奉納させて頂きます。

 

本年より授与品として

お札とお守りを用意いたしました

 

入用の方はお守り1体800円

お札1体1000円の御浄財をお納め下さい。

 

お札とお守りの授与で

お納め頂いた御浄財の一部

国際協力活動に寄付させて頂きます。

1年に1度の尊いひとときに

皆様の祈りを捧げてみませんか?

 

どなた様でもご参加頂けます。


参加ご希望の方は

事前のお申込は必要ございません。

 

当日、本堂に受付所がございますので

そちらで受付して下さい。


心願成就(しんがんじょうじゅ)を願い

観音様と向合われてみては

いかがでしょうか。


〜護摩法要の流れ〜

◆本堂にて受付(19時〜)
・御布施、加持物(かじもつ)をお預かりします。
※法要中、祈願者名を読み上げますので、読み上げて欲しいお名前は御布施の袋にお書き頂くか、別紙ご持参下さい(読み仮名を振って頂けると有難いです)。
※読み上げの名簿を作成する都合上、時間にゆとりをもってお運び下さい。また、前日迄に受付を済ませて頂いても構いません。
※加持物(かじもつ)は法要中に護摩の炎にあて、お加持致します。例えば愛用の服、眼鏡、ノート、シャーペンなど、皆様ゆかりの物を風呂敷に包むか、カバンに入れてお持ち下さい。加持物は法要後にお渡しします。


◆法要(20時〜)
東京都江戸川区・善養寺(ぜんようじ)住職様、愛媛県松山市・浄明院(じょうみょういん)副住職様にもおいで頂き、お勤め頂きます。
◆数に限りがありますが御護符(おごふ)として落雁(らくがん)をお渡しします。
◆法要後、簡単な後席を用意致します。

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お守りが仕上がりました

観音様のお守りが

仕上がり手元に届きました。

 

ちょうど

大人の手のひらサイズの

お守りです。

 

当山本堂にお祀りされる観音様は

その由緒も古く

伝説も伝えられる尊格であり

糠部三十三観音霊場第15番札所の

本尊でもあります。

 

ご縁を深めて頂くものとして

当山ではお守りやお札の用意を

しばらくぶりに進めておりまして

まずはお守りが形となりました。

 

また当山の取り組みを踏まえまして

お守りやお札の御浄財の一部は

国際協力活動への寄付に

あてさせて頂きます。

 

お守りは1体800円の御浄財を

お納め願います。

 

入用の方にはお渡しいたしますので

お寺にお声がけ下さい。

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正しい歴史をお伝え願います

当山のある地域は

かつて七崎(ならさき)と呼ばれ

伝説や伝承に彩られた地域です。

 

当山の起源は

1200年以上の昔に

さかのぼることが出来ます。

 

初代住職 圓鏡(えんきょう)上人は

弘仁8年(西暦817年)に

亡くなられております。

 

圓鏡上人が亡くなられたのは

平成30年(西暦2018年)から

さかのぼること1201年前

ということになります。

 

当山第2世住職は

月法律師(がっぽうりっし)

という方ですが

十和田湖伝説に登場する

南祖坊(なんそのぼう)は

この月法(月体)和尚の弟子とされ

当山にて修行したと伝えられます。

 

当山はかつて

永福寺というお寺でしたが

後に盛岡に拠点を移すこととなります。

 

盛岡に改められた

永福寺を本坊(ほんぼう)とし

発祥の地であるとともに

十和田湖伝説に連なる七崎のお寺を

自坊(じぼう)普賢院とします。

 

ちなみに永福寺は

三戸にも自坊として

嶺松院(れいしょういん)という

お寺も持っておりました。

 

三戸は盛岡南部氏(三戸南部氏)が

勢力を拡大させる“足掛かり”となった

象徴的場所でもあります。

 

永福寺は南部氏の祈願寺であり

多くの末寺を抱える権威ある大寺院でした。

 

本坊とは「行政等を取り仕切るお寺」

といった意味です。

 

自坊には色々な意味がありますが

ここで意訳すれば

「永福寺が直接管理するお寺」

といった具合でしょうか。

 

話は少し変わりますが

最近は地元でも「歴史ブーム」

のようで新聞や雑誌などで

地域の歴史が紹介されることがあります。

 

ご興味をお持ち頂きまして

記事を通じて歴史や伝説が

多くの方にお伝えされることは

大変尊いことなのですが

残念なことに

歴史的事実が誤っているものも

正直見られます。

 

伝説の内容云々は幾通りもあるので

バラエティーに富んで当然ですが

前提となる寺社の縁起等の

歴史については誤って

伝えられてしまっている

部分が時折見られます。

 

特に永福寺と

七崎神社について

ごちゃごちゃになって

しまっている感があるので

改めてご紹介させて頂きます。

 

当山の地域には

七崎神社(ならさきじんじゃ)

という神社がありますが

こちらは明治まで

七崎山 徳楽寺(ならさきさん とくらくじ)

という寺院でして

当山が別当寺を担っておりました。

 

徳楽寺の本尊は

現在当山の観音堂に祀られる

聖観音(しょうかんのん)で

明治の神仏分離の処置により

当山に移されまして

糠部三十三観音霊場

第15番札所の観音様となっております。

 

ちなみに当山の本尊は現在は

愛染明王(あいぜんみょうおう)ですが

もともとは十一面観音です。

 

「七崎神社が永福寺であった」との

記述が各所で相次いで

見られたのですがこれは誤りです。

 

永福寺を七崎神社であると誤解して

南祖坊が七崎神社で修行した

などと紹介されているものも

ありますがこれも誤っております。

 

当山の寺伝(じでん)や

七崎神社誌は

一般資料ではないので

あまり知られていない部分ですが

歴史的事実は大前提の部分なので

情報発信の前にせめて

歴史や伝説の舞台である寺社で

裏付けを行なって頂くことを

切にお願い申し上げます。

 

▼七崎神社と普賢院

http://fugenin643.com/blog/七崎神社と普賢院/

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長谷牡丹園のお寺 恵光院

南部町の恵光院(けいこういん)は

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第22番札所のお寺です。

 

こちらは当山と同じ

真言宗豊山派のお寺です。

 

恵光院の開基は

長慶天皇の弟である

明尊(みょうそん)とされます。

 

明尊は後の後亀山天皇です。

 

札所の観音様は十一面観音で

その仏像は平安末のものとされます。

 

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御朱印のススメ

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当山は糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第15番札所です。

 

糠部霊場の御朱印はスタンプ式が主流で

当山でも本堂の観音堂前に

御朱印のスタンプを置いております。

 

直筆の御朱印は

入用の方にお声がけ頂いた際に

対応させて頂いておりましたが

御朱印を書いて頂きたいとの

お願いが増えております。

 

拙僧(副住職)が対応出来る時は

筆を取らせて頂きますが

法務中や不在時には

対応が出来ませんでしたので

ハガキサイズの紙札に

御朱印をしたためたものを

用意することにいたしました。

 

糠部霊場の観音様の御朱印と併せ

当山本尊・愛染明王の御朱印と

南祖法師(なんそほっし)の御朱印も

用意いたします。

 

これを機に御朱印の

体裁を見直しまして

書式が定まりました。

 

下の写真が

あらかじめ御朱印をしたためた紙札です。

 

拙僧(副住職)が対応出来ない場合は

これに朱印を押して御朱印といたします。

 

巡礼にて御朱印をいただくことは

尊いご功德をいただくこととされます。

 

お参りの際には

是非お声がけ下さいませ。

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旭川をゆく③ 新たな霊場

北海道には約2300の寺院があり

そのうち1000弱は

浄土真宗のお寺だそうです。

 

真言宗は各派合わせて

275のお寺があるそうです。

 

北海道では四国八十八ヶ所にならい

北海道八十八ヶ所霊場が創られました。

 

北海道八十八ヶ所霊場は

平成18年に開創された新しい霊場です。

 

各札所の本尊は

四国八十八ヶ所と同じ本尊となっており

霊場開創にあたり

京都の大仏師・松本明慶氏により

八十八体の仏像が謹刻されております。

 

平成元年には

北海道三十六不動尊霊場も

開創されており

その情熱に感服いたしました。

 

新たな霊場を創られた

北海道の真言宗御寺院様方の

取り組みはとても参考になりました。

 

当山は糠部三十三観音霊場

第15番札所となっておりますので

北海道の新たな大霊場から

学ぶべきことが沢山ありました。

 

北海道を見習い

糠部三十三観音霊場の魅力の発信に

これまで以上に

力を入れたいと思います。

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判衣(はんえ)

観音参りの白衣に

字をしたためて頂きたいとの

お願いを頂きまして

白衣に墨を落とさせて頂きました。

 

ご依頼された方は

この白衣を判衣(はんえ)として

札所を巡られるようです。

 

判衣とは

御朱印を頂く白衣のことです。

 

当山も15番札所として名を連ねる

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場の

御朱印はスタンプとなっているので

拙僧(副住職)が記した

「南無大悲観世音菩薩」の文字の

周囲に各札所の御朱印が

押されることとなります。

 

白衣を使われる方が

いつ巡礼されるのかは

存じ上げませんが

ご出発の準備に少しばかり

携わらせて頂いたので

お参りが無事成満されることを

願いながら筆を取らせて頂きました。

 

秋は色づく山々を眺めながらの

巡礼が出来る贅沢な季節です。

 

お時間がありましたら

美しい自然を感じながら

糠部の霊場を巡られることを

おすすめいたします。

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