お経のおはなし〜意味が分からなくとも〜

お経の意味が分からずに

読経していても

きちんとご供養になりますか?

 

そのようなご質問を

頂いた事がございます。

 

結論から申しますと

尊いご供養となります。

 

伝えたい思いがあっても

言葉にできない思いも

あるものです。

 

いざ何かを

伝えようと思っても

適切な言葉が

見当たらなかったり

するものです。

 

伝えたいことがあっても

言葉にしきれないことも

よくあることです。

 

あえて言葉にせずに

思いを捧げることも

温かな心のやりとりです。

 

お経には

そういった一面もあります。

 

当然のことながら

お経や

一連の作法、儀式には

意味があります。

 

しかし

お経との向き合い方は

意味を紐解くだけでは

ありません。

 

意味が分からなくとも

ただひたすらに

“一心に”お経を唱えることにも

深い意味があるのです。

 

真言宗では

御宝号(ごほうごう)といって

南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)

という短い「お経」があります。

 

南無阿弥陀仏

南無妙法蓮華経

南無本師釈迦牟尼仏

など宗派毎に

それぞれの宗派を

代表する文言があります。

 

それぞれの文言には

記される文字が

意味する所のみならず

仏道のこころが全て

託されております。

 

皆様各々に

ゆかりのある

お唱え方に

ご自身のお声をのせて

「おもい」を奏でられては

いかがでしょうか。

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