9/1 グローバル寺フェスタ2018が開催されます

9/1は当山にて

グローバル寺フェスタ2018

が開催されます。

 

お寺で“世界”を感じる一日として

沢山の方のお力添えの下に

開催いたします。

 

午前10時より夕方4時にかけて

様々な内容でお過ごし頂けます。

 

入場料として

大人1500円

子ども(小学生以上)500円を

お納め頂きますが

こちらの一部は

アーユス仏教国際協力ネットワークへの

寄付を通じて国際協力活動に

役立たせて頂きます。

 

予約不要です。

 

出入りは自由です。

 

ランチタイムには

タイ料理とネパール料理のお店が

出店して下さいます。

 

お寺で多文化に触れながら

お過ごしされてはいかがでしょうか?

 

詳細はお気軽にお問い合わせ下さいませ。

 

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十一面観音のお寺 恵光院

南部町にございます

蓮台山長谷寺観音

恵光院(けいこういん)にて

行われた開帳法要に

出仕してまいりました。

 

恵光院さまは

糠部(ぬかべ)三十三観音霊場

第22番札所でもあります。

 

こちらの本尊は

十一面観音です。

 

本堂にお祀りされる

本尊の十一面観音は

長谷寺式といわれ

当山や恵光院さまの本山でもある

奈良県桜井市の長谷寺と

同じ様式の十一面観音です。

 

長谷寺式十一面観音は

右手に錫杖を持つのが

大きな特徴です。

 

こちらのお寺様には

本堂のほかにも

境内に諸堂があります。

 

本堂横の参道を登ると

奥の院として観音堂があり

こちらにも十一面観音が

お祀りされております。

 

観音堂の十一面観音像は

平安時代のもので

県内では最古の仏像で

毎年8月20日に御開帳されます。

 

恵光院はかつて

長谷寺(はせでら)という寺院でした。

 

長谷寺は

盛岡永福寺が建立される際に

六供坊のひとつとして

盛岡に改められることになり

以後は恵光院として

このお山を引き継いでおります。

 

ちなみにですが

盛岡永福寺六供坊のうち

東坊(ひがしのぼう)は

普賢院だったとされます。

 

当山の前身である永福寺は当初

十一面観音を本尊として

七崎(現在の豊崎)に

建立されたと伝えられます。

 

そして南部氏により

三戸にも建立されますが

三戸永福寺を引き継いだ

嶺松院(れいしょういん)

(現在の早稲田観音)も

十一面観音をお祀りしております。

 

また現在盛岡にある

永福寺は「聖天の御山」とされますが

内々陣(ないないじん)の本尊は

十一面観音です。

 

十一面観音信仰は

奈良時代より盛んであったようです。

 

この古い時代から盛んであった

十一面観音信仰は

永福寺にまつわる歴史や信仰を

紐解く上では非常に重要なものだと

最近は痛感しております。

 

この十一面観音信仰は

十和田湖伝説とも関わりが見られます。

 

十和田湖伝説でいうと

例えば“最古の十和田湖伝説”が収録される

『三国伝記』(さんごくでんき)という

室町期の書物において

十一面観音との関わりを

多く指摘することが出来ます。

 

話がそれましたが

由緒ある十一面観音と

ご縁を深めさせて頂いた

法要となりました。

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ぬくもりある妻飾り

本堂などの

宮建築・古建築には

意匠がこらされた箇所が

要所要所に見られるものです。

 

当山の現在の本堂の屋根は

昭和51年の改修により

トタン屋根となりました。

 

それ以前は茅葺き屋根でした。

 

本堂屋根の側面を妻側(つまがわ)といい

妻側の彫り物などを妻飾りといいます。

 

南側には龍の彫り物

北側には獅子の彫り物があります。

 

つい先日

境内清掃で屋根上に登った際

改めて妻飾りを眺めてみると

実に味わい深く

どこかぬくもりがあるように

感じました。

 

これらは

当山とご縁のある大工さんが

彫ってくださったものです。

 

こういったものは

本堂が建て替えらた後も

どこかに飾りたいと考えております。

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寺子屋ws『お寺ヨガ』が開催されました

寺子屋ワークショップ『お寺ヨガ』は

2ヶ月に一度開催しております。

 

お寺の空間は

単に広いだけではなく

祈り込まれてきたがゆえの

雰囲気があるように思います。

 

そのような尊い空間で

心身を整えて頂くお寺ヨガ。

 

お盆が過ぎて

一気に秋めいてきた空気を感じながら

皆様にはお過ごし頂けたのでは

ないでしょうか。

 

ご参加下さった皆様にとって

このひとときが

有意義な時間であったのであれば

喜ばしい限りです。

 

またお会いするのを

楽しみにしております。

 

次回は10月の開催を予定しております。

 

本年の月も二桁代突入となると

年末がチラついてまいります。

 

時間の経過は本当に早いものです。

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【参加者募集】9/15親子で学ぶ子ども論語塾

9/15(土)午前11時〜正午

ふれあい豊山館にて

親子で学ぶ子ども論語塾が

開催されます。

 

子ども論語塾では

論語の素読(そどく)を行います。

 

親子で古典の言葉に

触れてみませんか?

 

会費:一家族500円

※テキスト代は別途となります

 

テキスト:ドラえもんはじめての論語

※会場で販売しております

 

ご参加される方は

事前にお申し込みをお願いいたします。

 

お申込みはメールか電話にて

受付いたします。

 

担当者が不在のことが多いため

メールでご連絡頂けると

ありがたいです。

 

▼お申込み先

メール fugenin643@gmail.com

電話 0178-23-2135

論語塾ロゴ

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本年もお盆を終えました

本年もお盆法要が

執り行われました。

 

8月16日は

お寺参りの日でもあり

早朝より多くの方が

お参りされていらっしゃいました。

 

早朝よりお手伝いにも

駆けつけて頂きました。

 

今回も多くの方に助けられました。

 

誠にありがとうございました。

 

雨が降っていたので

外での送り火は難しいかと

思っておりましたが

綺麗な星空を見ることが出来る程に

天候が回復しました。

 

送り火を焚き

親しい友人と子ども達と一緒に

境内で花火をして

本年のお盆を

終えることが出来ました。

 

沢山のご縁を感じさせて頂いた

良いお盆であったと感じております。

 

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お盆のお経参り

当山では

お葬式を終えられて

初めてお盆を迎えられる

有縁の方のお宅にお伺いし

お経参りをする

棚経(たなぎょう)という

慣習がございます。

 

県外含め遠方の方や

お仕事等でご不在の方は

お寺で新盆のご供養を

させて頂いております。

 

本年も13日から

お参りさせて頂きました。

 

五戸、尻内、豊崎の方は

14日にお参りさせて頂き

それ以外の地区の方は13日に

お伺いさせて頂いております。

 

ここ数年は

拙僧(副住職)の妻に

車の運転をしてもらい

各所に赴いております。

 

本年は15日早朝のお参りの

お約束がありまして

そちらのお宅にお伺いさせて頂き

予定されておりました

全てのお盆参りを

終えることが出来ました。

 

本年は40軒の

お宅に伺わせて頂きました。

 

先々で新盆を迎えられた

故人様のお話に花が咲いたり

ご家族の方の近況を聞かせて頂いたり

お茶を頂いたり

冷えたフルーツを食べさせて頂いたり

“お盆らしい”時間を

感じさせて頂きながらの

お参りであったと感じております。

 

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多くの方のお心に寄り添えられるように

当山位牌堂の

前方左手祭壇には

お預かりしております

骨箱(こつばこ)が安置されております。

 

ご事情は様々です。

 

お預かりしている骨箱は

ただ安置されているだけなので

どことなく気がかりな部分がありました。

 

時が経てば経つほど

ホコリも積もりますし

もっと丁寧な方法は無いものかと

思案しております。

 

また将来的には

当山でも合葬墓(がっそうぼ)を

建立する予定なので

そのことも踏まえながら

あれこれと考えております。

 

一案ですが

現在骨箱をお預かりしている

祭壇下のスペースに

棚を作って頂き

そこで骨箱を安置

出来るようにしてはどうかと

考えております。

 

位牌堂前方左手祭壇中央には

当山本尊と同じ

愛染明王(あいぜんみょうおう)が

お祀りされておりますし

地元の檀家さんにお作り頂いた

五重塔も設えられております。

 

五重塔は五輪塔や五輪塔婆と同義であり

ご供養においては

とても尊いものです。

 

そういった祭壇の下に

安置所を設けて

納めさせて頂いて

ご供養させて頂いた方が

丁寧であるように感じております。

 

また合葬墓との関連でいえば

こういった安置所があることで

より多くの方のお考えにあわせた形の

ご供養が出来るようにも思います。

 

さらに

合葬墓をご利用される方や

骨箱の安置所をご利用される方で

当山位牌堂位牌壇の無い方々のための

位牌壇も必要かと思いまして

一列三段の位牌壇を

設置いたしました。

 

この一列三段の位牌壇は

現在の位牌堂を建設する際に

見本として作って頂いたもので

しまってあったものを

位牌堂前方左手に

移動させて頂きました。

 

それぞれのお寺に

お寺ごとのご供養の形式が

あると思いますが

当山にも伝統的なご供養の形があり

その伝統において

位牌堂のお位牌は

大切なものです。

 

どのようなご事情があるにしても

ご供養においては

同じ形で差別なく

お勤めさせて頂きたく

以上のようなことを

一案として考えております。

 

あくまでも拙僧(副住職)の一案ですが

必要なことだという確信がありますので

総代の方や役員の方に

相談させて頂いて

具体的な形に整えたいと思います。

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お盆に思いをはせる

本年もお盆を迎えました。

 

ご先祖様が

迎え火をたよりに

里帰りされるお盆。

 

里帰りされたご先祖様を

ご自宅でおもてなし

ごゆっくりお過ごし頂くお盆。

 

拙僧(副住職)の祖母も

本年は新盆(にいぼん)です。

 

先祖と共に

里帰りする祖母が

くつろぐ光景を心に描きながら

本年はお盆を過ごそうと思います。

 

思いをはせるということ。

 

それがご供養では

とても大切です。

 

思いをはせたお盆を

お過ごしくださいませ。

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十和田山青龍大権現とは何者ぞ

当山は

十和田湖南祖坊(なんそのぼう)伝説と

ゆかりのあるお寺です。

 

その伝説とは

南祖坊という僧侶が

十和田山青龍大権現

(とわださんせいりゅうだいごんげん)

という龍神になる物語です。

 

南祖坊は

当山にて修行されたとされます。

 

当山では観音堂に

南祖坊の御像である

南祖法師(なんそほっし)尊像が

お祀りされております。

 

一昨年に南祖法師尊像が

「発見」されたことを契機として

当山では“本腰を入れ”て

整理を進めております。

 

「仏教的な見地から」整理を進める中で

興味深いことが浮かび上がってきたり

つながりが見えてきました。

 

一気に全部をここに

記すことは出来ませんが

覚書も兼ねて

十和田山青龍大権現の

ルーツについて

仏教的な見地から

ご紹介させて頂きます。

 

大権現という言い回しは

尊称なので

以下「青龍権現」とさせて頂きます。

 

永福寺の伝えでは

永福寺5世の月躰(がったい)法印の

弟子であった南祖坊が

神護寺(じんごじ)の

清瀧(せいりょう・せいりゅう)権現

十和田湖畔の休屋(やすみや)に

勧請(かんじょう)したのが

青龍権現だとしております。

 

「永福寺5世の月躰法印」は

当山では「月法律師」とされており

当山二世の住職となっております。

 

この清瀧権現は

弘法大師空海と

深く関わる龍神です。

 

さらには空海以後の

恵運(えうん)

宗叡(しゅえい)

聖宝(しょうぼう)といった

真言宗における諸大徳(だいとく)にも

まつわる権現で

それはそれは深い意味を持ちます。

 

十和田湖南祖坊伝説では

南祖坊が入定して青龍権現になる

というストーリーですが

永福寺の伝えでは

南祖坊が清瀧権現を勧請して

祀ったのが青龍権現であるとしており

この違いはとても重要なポイントです。

 

青森県内では十和田湖の神様は

女性であるとする地域がありますが

南祖坊が勧請したとされる清瀧権現は

“女性の龍神”なので

それを踏まえると諸説に通じる部分が

増えるかと思います。

 

清瀧権現は

善如(女)龍王(ぜんにょりゅうおう)

ともいいます。

 

弘法大師空海の師で

かつての唐の皇帝に

篤く信頼されていた恵果(けいか)という

阿闍梨(あじゃり)がいらっしゃいます。

 

恵果阿闍梨は長安の

青龍寺の方ですが

この青龍寺の名は

青龍権現(清瀧権現)に由来します。

 

「清瀧権現」は当初「青龍権現」であり

「氵」(さんずい)はついておりません。

 

恵果阿闍梨は

青龍を勧請して鎮守としたことに由来し

お寺の名が青龍寺になったとされます。

 

青龍に「氵」がつくのは

弘法大師空海が唐に渡って

日本に戻って以後の話です。

 

細かなエピソードを紹介すると

相当なボリュームになるので

割愛しますが

海波をしのいで日本へ来たことを顕して

青龍に「氵」をつけ清瀧と改めたとされます。

 

弘法大師空海は

天長年間に請雨法(しょううぼう)という

“雨乞い”の修法(しゅほう)を行い

その際に善如龍王(清瀧権現)が現れたとの

伝承があります。

 

その場所が

神泉苑(しんせんえん・しんぜんえん)です。

 

神泉苑の名は

現在も十和田湖の聖地の呼び名として

使われております。

 

以前から感じていたのですが

十和田湖にはそれ以外にも

仏教(殊に密教系)に由来する

名称が見られます。

 

余談ですが

当山の本尊である

愛染明王(あいぜんみょうおう)は

清瀧権現との関係で見るならば

修法において深く関わっております。

 

当山は

宝暦13年(1763年)に愛染明王堂を

再建したと棟札に書かれております。

 

その後文化7年(1810年)に火災に遭います。

 

その年に

盛岡永福寺より現在の本尊である

愛染明王像が贈られており

翌年に本堂が再建されております。

 

江戸時代文化期の南部藩の財政は

低迷期であり

当山本堂の再建にあたっては

富籤(とみくじ)発行が許可され

資金の一部にあてられております。

 

火災の翌年に本堂が建立され

しかも愛染明王像が

贈られているという歴史からは

いかに七崎が大切であるかということと

愛染明王を祀ることの重要性を

読み取ることが出来るように思います。

 

愛染明王という尊格は

最極深秘(さいごくじんぴ)の仏とされ

愛染明王が説かれるお経である

金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経

(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)

という経典は

高野山の金剛峯寺の寺名の基です。

 

真言宗の読誦経典として最も重要な

『般若理趣経』(はんにゃりしゅきょう)

というお経がありますが

この教主は愛染明王とされます。

 

当山において

愛染明王堂が再建されたり

愛染明王像が当山に贈られたりした

少し前の永福寺住職がしたためた

多くの次第の中に

愛染明王関連の次第が幾つか見られます。

 

その内容にまで

踏み込んで説明するには

相当な時間がかかるので

これも割愛しますが

愛染明王を“龍の本地”とする

修法の次第が見られます。

 

これには

両部大日如来

不動明王

如意輪観音

准胝観音

如意宝珠(にょいほうしゅ)など

多くの要素をからめての説明が

必要となりますが

「秘説」「口伝」として

師資相承されてきた修法を

紐解くことで

十和田山青龍権現を

これまで以上に躍動的でかつ

壮大なスケールで

捉えることが出来るかと思います。

 

これまでの諸要素を踏まえて

当山の歴史をかえりみますと

十和田山青龍権現の

“本地(ほんじ)”として

愛染明王を当山に祀った

という可能性が出てまいります。

 

そしてその可能性は

かなり高いと思われます。

 

青龍権現のルーツであるとお伝えした

清瀧権現の本地は「通常」であれば

如意輪観音と准胝観音ですが

修法においては本地仏として

様々な尊格が立てられることは

珍しいことではありません。

 

祈祷寺において修法というのは

とても重要なもので

“高位”な阿闍梨でなければ

修法することが許されなかったものは

数多く存在しており

その中には愛染明王関係のものが

多く含まれまれております。

 

話があちらこちらに

飛んできたので

根本的な所を整理すると

十和田山青龍権現のルーツは

清瀧権現であり

南祖坊により

勧請され祀られたものだと

永福寺では伝えております。

 

修法や作法といった分野のことを

事相(じそう)といいます。

 

いわゆる密教と呼ばれる

真言宗や天台宗において

事相は極めて重要なもので

非常に多くの伝えがあります。

 

今回は主に事相を踏まえて

青龍権現を紐解いてみましたが

とても面白い指摘を

出来るように思います。

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